『文芸春秋』の「我が家の“元祖・気象予報士”」
2007/11/26(Mon)
半井小絵の「我が家の“元祖・気象予報士”」を読む

『文芸春秋』9月号の目次に半井小絵の小文のあるのを知ってこれを読む。
半井小絵という人をNHKの天気予報で見たとき、私は一つの仮説を立てた。
織田信長が、浅井・朝倉と戦って挟み撃ちに会いそうになり裏道の比叡山のふもとを必死で駆け抜けて、京都に逃げ帰って来て、半井という屋敷(当時京都で一番大きなお屋敷であったという)で宿を取ったという。
彼女はその半井家の子孫ではないかと。
司馬遼太郎がNHKの大阪支局かどこかに半井という人がいてその人と何かの機会に話しをしてその半井家の子孫であったということがわかったということを書いていた。
それで、彼女の聡明そうで、屈託の無い天気予報解説を聞いてその仮説を立てたのだった。
この小文は祖母が雷が怖くて、また、室戸台風のときの経験から、天気予報にとても敏感で、研究熱心で、そのせいで天気図を見ればどんな天気になるか分かるようになっていた。と、自分の気象予報士元祖について語っている。
その祖母について

≪医師の家の三人姉妹の末っ子として、京都で生まれました。≫

とある。仮説が今一歩現実になったようで嬉しかった。

司馬遼太郎の得意技は人の姓と顔かたちを見て出身県を当てることだという。
私も少し真似てみた。
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