新潮日本文学アルバム『樋口一葉』
2013/05/22(Wed)
 前田愛編集・評論 新潮日本文学アルバム『樋口一葉』 を読みました。
 ほとんどが写真です。楽しく眺めることができました。
 『たけくらべ』の解説のところで、コンテクストということばが使われていて、はたとこの文章を書いた人が気になり目次などをめくってみました。前田愛だとわかり、「やはり」と思いました。前田愛という方は、私より10年遅れて同じ大学の国文科に入学した娘の、卒論の担当の先生が授業で使用されたテキスト『文学テクスト入門』の著者でした。娘の先生は田口律夫という先生で、私が在学していたときには居られなかった若手の先生でした。娘の卒論を読んで、私もこの先生の授業を受けてみたいと思っていたのをしり、娘がこのテキストは家に置いていってくれました。
 この『たけくらべ』の解説ではコンテクストはたんに文脈という意味で使われていますが、『文学テクスト入門』では、時代背景、場所背景、思想背景、著者の人生背景などを作品そのもののコンテクストとしてとらえています。それぞれのコンテクストをできるだけ可視化して作品を正確にとらえようとすることを次のようにのべています。
≪作中人物がどういう着物を着ているか、そこからその作中人物の身分あるいは性格を判断することができるわけですけれども、そういう風俗的な部分は、時の侵食にもっとも弱く、その意味内容は急速に摩滅してゆく。一つ一つの言葉を支えていた風俗、つまりコンテクストが次第に忘れ去られることによって、いわばテクストは至るところに穴があく、腐食されていくのです。文学研究の基礎的な作業である注釈というのは、単にテクストを読みやすくするという目的だけではなくて、いわば虫食いだらけになったそのテクストの空白部分を補うことによって、もう一度文学テクストを同時代のコンテクストのなかに置きなおす、そういう目的をもっている。これが注釈というものの役割だろうと思うのです。≫
 つまりこの本の写真によって樋口一葉の作品を理解するコンテクストと位置づけるという概念です。
と言い切りたいのですが、自信がありません。
 この本もみどりさんから頂いたものなのですが、樋口一葉に関する写真はすべて、取り揃えられて、作品を支える時代背景、彼女の家庭環境がうかがい知れました。さらに、最近では興味も失われていた『文学テクスト入門』あるいはいつになるかわかりませんが、それにつづく娘の田口律夫先生の『都市テクスト論序説』をまじめに読んでみたいと思いました。
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