『輪廻の暦』
2013/06/02(Sun)
萩原葉子著 『輪廻の暦』 を読みました。

みどりさんに頂いた一冊です。
著者は萩原朔太郎の娘さんでした。この娘さんは、とても有名らしいのですが、初めて作品にふれることで知りました。
 この作品は彼女のつらい人生の自叙伝的な小説です。
 物語は33歳の彼女が、離婚を成立させてやっと夫から解放されるところから始まります。
 離婚後、札幌にいる母親に、夏休みになったため預けておいた8歳の息子と知恵遅れの妹を連れ戻しますが、それまでに離婚のために疲れきり、死にたいと思いながら、洋裁の仕立てで生活していきます。そんなとき父、萩原朔太郎の友人が同人誌に萩原朔太郎についての文章を書いてくれるよう依頼してきます。それの出来がよかったところから、次々頼まれ、文章家になってゆきます。
 札幌にいる母親はじつは萩原朔太郎を裏切り、二人の娘を捨てて、若い学生と家を出て行ったきり25年間行方知れずでした。ラジオの尋ね人でやっと行方がわかり逢えたのでした。知恵遅れの妹は、父も母も家に寄り付かず二人きりでほったらかされていた間に脳膜炎になってのことでした。
 彼女の不幸は名医の家に生まれた父親の萩原朔太郎が死体解剖を見せられたことにより神経症になり、家業を継がず文学に進み両親の期待にこたえられなかったことから始まったことでした。さらにその父が無理やり結婚させられたことによって嫁してきた母親の不幸が始まり、不幸な母親が男の子でなく女の子を二人産んだことによってさらにいじめられとうとう4人で上京して暮らすようになります。夫としても父親としても家族を満足させることができず、妻に逃げられまた娘二人を連れて実家に帰ってくるのですがほとんど実家を留守にしています。二人は、祖母や叔母などに死ねばいいと思われながら育ってゆきます。
 のちに一緒になった夫に捨てられたわがまま放題の母親を札幌からつれて帰り、知恵遅れのため情緒の不安定がいっそうひどくなる妹の面倒を見ながら、作家生活をする苦労が延々と語られていました。
 近年いじめが問題になっていますが、この作品に出てくるいじめが半端でないことに驚きました。
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コメント
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 この作品は読むのが辛くなる作品でした。
今でも、よく覚えています。
中でも萩原葉子さんと解る私を、父方の実家で育てる間、祖母と叔母の底深い虐めには、茫然としました。
血の通う肉親、まして孫を、嫁憎さでしょうか「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」の喩えの如く憎み続ける場面を、とても理解できない思いで読み終え、何故そこまで憎めるのか、家族で話し合ったことがありました。萩原葉子さんはバレーダンスが好きで、ご自分のスタジオを持つまでになった方です。
「輪廻の暦」を吐きだすことで、やっと自分を引きあげたといいますが、幼い時に愛されなかった母親を引き取る優しさが救いにみえました。
 あかね様に読んで頂き、心から嬉しく思います。
2013/06/03 07:39  | URL | みどり #-[ 編集]
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思い込みってあることですが、わずか2年ですが国文科に身をおいて、先生方が、作品そのものの解説はせず、作家の生い立ちに言及されることが多く、そんな三面記事を読むようなものが学問なのだろうかと思うところがありました。そういいながら漱石を選んだ私は作品よりも彼が生まれてから死んでゆくまでのエピソードを荒正人くらいには読んだのではないかと(冗談です)いう自分を結構恥じておりました。このたび、みどりさんから頂いた樋口一葉のアルバムから以前も少し読んでいた前田愛の『文学テクスト入門』を少し読み返し、自分が漱石の文学論を勝手に解釈してこのような思い込みをしたのだと思い至りました。
 しかし、前田愛が漱石の『門』の作中の会話の解説をしていくと『文学論』の解説になり、漱石の解説になり、彼の生い立ちや時代背景の解説になってゆくのでした。
 この『輪廻の暦』と『朔太郎とおだまきの花』を読まなければ、おそらく萩太郎の作品を味わうことはできずもったいなくも虚しく本を閉じただろうと思うと、この本は今まで私にとって理解できなかった名作といわれる本の深い味わい方を方向付けてくれたと思います。
2013/06/03 10:01  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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