『「気骨」について』
2007/11/29(Thu)
城山三郎の『「気骨」について』を読む

これは対談集である。
城山三郎が亡くなってテレビでも色々な特集が組まれた様子で、たまたま見たものもあるが、家事の都合もあってじっくり味わえなかった。
この対談集では、そういった城山三郎への関心欲求が十分充足される。
中身も充実していて夢中になって読み進んだ。

8つの対談がある。

1 「戦争、時代、そして人間」での澤地久枝(『婦人公論』の女性編集者を経て作家になる。)との対談では 
『大儀の末』の話から始まるので最初から城山三郎の本質に触れてくる。
2002年の対談だが、「危機にある言論の自由」での内容は、緊張した。
小説を書くことの取材と個人情報保護法との関連もきわどい話なので緊張する。
感動、感動で読んだ広田弘毅のことを書いた『落日燃ゆ』や、中津留達雄大尉のことを書いた『指揮官達の特攻』の取材についての話で、「お見逃しください」と、遺族の人が口をつむぐ話、どの瞬間に「書ける」と思ったかなどについて書かれてあり改めて戦争にかかわった人々の複雑な心情に出合って心詰まる思いがした。
 そして、人間の責任の取り方についての『気張る男』の話も思い出しながら、そういった責任感の強い、真面目な男を一生懸命小説に描こうとした城山三郎の思いにも触れられていい対談だった。

2 「特攻指揮官中津留大尉の決断」での対談相手は辺見じゅん(作家)
≪伊藤長官は海軍武官としてアメリカに行っていたとき、のちの太平洋艦隊司令長官になるスプルーアンス大将と仲良くなるんです。それでアメリカの国力の凄さも知っていて、はじめは特攻出撃命令に、「こんな無謀な作戦はない」と言って反対しました。でも軍令部から使者が飛んで来て、結局とどめは「要するに死んでもらいたい、一億総特攻の模範となってほしいのだ」と言われ、「わかった」となって、片道燃料で特攻していく。そして最後は他の者は生きろと言って艦と運命を共にする。たった一人の息子さんも、飛行機で伊江島付近でなくなったといわれています。≫
等と、同じテーマで、第二次世界大戦時代を掘り下げていった作家同士の感じるところを共有できる。

3 「いまこそ少しだけ無理をしてみないか」は、大賀典雄(ソニー名誉会長)
との対談。
商品の開発をするにあたって絶対無理という計画は立てないが、ちょっと無理かなと思う計画を立てると出来ていくという大賀氏。
≪作家になった時、伊藤整という、作家があなたに一つだけアドバイスしておくと言うので、なんですか?と聞いたら、「あなたはいつも自分を少々無理な状態の中におくようにしなさい」とおっしゃったんです。≫という城山三郎氏。
仕事に対する姿勢に似通ったものを見出している。

4 「人は経済のみにて生くるにあらず」では、加島祥三造(英米文学者にしてタオイスト、画家でもある)との対談。
タオイストとは老子の考え方をよしとしている人のことのようだ。
ここでは、老子について知ることが出来る。

城山氏が≪しかし、詩というのは文学の芯。核ですよね。≫という部分がある。
私も常々そう思うのだがなかなか詩を読む気にならない。そういう現代の人たちの傾向についての原因にも触れている。いい詩に出会いたいの願望はあるんだけどと思う。

5 「品格ある将の将たる器とは」は、徳田虎雄氏(医療法人徳洲会を創立。自由連合代表)との対談
ここでも、人間の責任の取り方についての『気張る男』の話が出てくる。ついでに大原孫三郎の話も出てくる。
『粗にして野だが卑ではない』の石田禮助の話も懐かしく読んだ。
政治家では、大平正芳や、鈴木善幸、伊東正義、浜口雄幸が立派だという。

6 伊集院静との対談「いまこそ求められる男の姿」
この対談のテーマがこの書の題名「気骨について」だ。
「気骨のある男」について、政治家でいえば、『賢人たちの世』で書かれた、前尾繁三郎、椎名悦三郎、灘尾弘吉、大平正芳。
経済界でいえば、土光敏夫、『粗にして野だが卑ではない』の石田禮助。
また、パイロットで墜落する時に自分の命よりより被害の及ばない場所を選ぶというひたむきな使命感を持った人、西光三等空佐をあげている。

7 「きみの流儀・ぼくの流儀」は吉村昭との対談(作家)
吉村昭著『わたしの流儀』と城山三郎著『人生の流儀』があり、お互い編集部がつけた本の題名だという。
これらの書にあるおたがいの流儀について語り合っている。
お酒は何か、何時飲むか、テレビを見るか見ないか。
お互い奥様のお話もおもしろい。
同い年なので、話もよく会うようだ。
お互いの偽者も世の中にいるというのも面白かった。
意外だったのは、夏目漱石のよさが『猫』『坊ちゃん』以外はわからないといっていることだ。でも考えてみると、漱石は兵役を免れるために戸籍を北海道に移したり、高等遊民などといっているところなどは、この律儀なし城山三郎には合わないのかもしれない。
お互い好きな作家として、日本では、田宮虎彦、永井龍男、大岡昇平を上げている。

8 「私たちが生きた時代」は、佐野洋、吉村昭、と三人の対談。
ほとんど三人が同じ年で、お互いリラックスしていて思い出話がおもしろい。
殆どの対談で、城山三郎は、読書必要性について執拗に語っている。
ここまで、読書の必要性について語られると、私のように読書が大好きで年から年中本ばかり読んでいて、少し罪悪感を感じている者としては救われる思いがする。
読んでもすぐに忘れるのだが、何といっても読書している時間が一番充実している。
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