『中陰の花』
2007/12/01(Sat)
玄侑宗久『中陰の花』を読む。

この作品は2001年125回芥川賞受賞作。
玄侑宗久は1956年4月28日生まれ。 臨済宗の僧侶

あまりいい作品とは思えない。

先に読んだ城山三郎の『「気骨」について』の「きみの流儀・ぼくの流儀」のなかで、城山三郎と吉村昭が対談しているところの最近の芥川賞についての感想に思い当たる。
≪城山 何が言いたいんだっていうね。
 吉村 そう。あれが芸術であり高尚であると思ってるんだよ。
こんなこと言っちゃ悪いけど、最近の芥川賞の受賞作みたいなもんだよ。
小説なんて明快なものなのに、2ページと読めないもの。
大岡昇平とか梶井基次郎なんか全否定になっちゃう。
僕たちにわからなけりゃ、誰にわかるかっていうんだよ。
 城山 ああいうものは書く人だけしか読まないなんて言ってたものだけど、いまや僕たちに書く人も読まないよね。
 吉村 読まない。書いている本人もわからないんじゃないか。≫

この評からいくと私たち素人にわからなくて当たり前。
ほっとする。

「中陰の花」とは、この世とあの世の中間のことだそうだ。
この書は霊能者といった人についての話。
実際に霊を感じる人がいるのかもしれないし、書かれているような感じ方をするのかなといった興味だけで読み進む。
しかし、表現にはやに素人ッぽいところがあって・・・ちょっと寂しい。
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