『鶴は病みき』
2013/08/31(Sat)
 岡本かの子著 『鶴は病みき』 を読みました。

 昭和11年6月、岡本かの子47歳のとき『文学界』に発表されました。

 大正12年34歳、鎌倉の平野屋に避暑したとき、偶然、隣り合わせの部屋に芥川龍之介が住んでいました。このときの彼への印象や思いが作品の中心をなしています。この作品が彼女の処女作ともいえるようです。
瀬戸内晴美は解説で、

 ≪龍之介に対するかの子の愛憎の陰影がきつかっただけに情熱がこもり、かの子も内心期するところがあっ   た。・・・・この作品の反響は大きく、賛否両論で、非難する側の風当たりもかの子の予想以上だった。≫
 と述べています。
 芥川龍之介の作品や、表立った彼との付き合いからはうかがい知ることのできない、彼の日常、彼の隣人への思いや、付き合いでの感情のやり取りが日記風に仕立てられ赤裸々に書かれていますので、読者にとっては泥沼に 咲く睡蓮、その睡蓮を花開かせるための泥沼の葛藤を知るよい機会となります。
 文壇では大家でも、そんなことは隣人には関係ない。隣人として住みやすい隣人であることが評価される。たとえ隣人が文壇に多少かかわりを持つものであってもそのことには変わりない。そこのところ夏目漱石などは自分自身で自分のことを茶化してユーモラスに描いた作品もあるが、他人が嫉妬も含めて描いたものなので、リアルに隣人としての嫌悪感を受け止めることができるという筋立てです。
しかし、一方
 
 ≪これらは、他人に向かって一種のポーズをつくり、文学だの美術だのを語っている氏よりも、どれほど無邪気 で懐かしく、人間的な憂愁や寂寞のニュアンスを氏から分泌しているかもしれないのだ。私が氏のために、ずい ぶん腹立たしい不愉快な思いをしながら、いつかまた好感を持ち返すのは、ふとしたおりに以上のような氏の人 知れないひそかな表情に触れるともなく触れるからかもしれないのだ。≫
と、暑い夏、建具をすべて開け放してのくらしからうかがい知る彼の気の抜けた表情への母性を伝えてもいるところが救われるところです。
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