『小説 鶴彬 暁を抱いて』
2013/10/03(Thu)
 吉橋道夫著 『小説 鶴彬 暁を抱いて』 を読みました。

 鶴彬は川柳の号で、その名は喜多一二(きたかつじ)です。明治42年から 昭和13年までを生きた川柳作家です。虐げられた労働者の立場でプロレタリア文学の影響を強く受けて、反戦的な川柳や、論陣を張って、常に官憲に目の敵にされ、最後は若くして志半ばで獄死いたします。

 小学生の頃から短歌や俳句を作って地方新聞の子どもらに投稿していた文学好き。隣の印刷屋さんから川柳という面白いものがあるとおしえられ、北国新聞の北国柳壇に投稿するようにもなります。
 そんな彼が大正15年、石川県高松町の養父のうちを出て、大阪に行くところから小説が始まります。大阪ではなかなか職が見つからず、やっと決まったところも思うように行かず、昭和に変わった高松町にも羽二重景気が戻ってきた知らせに再び養父の元に戻ります。半年後昭和2年、一二は彼が八歳のときに再婚して東京に行っている母親を頼って
 東京に旅立ちます。その記者の中で落ち合った社会主義川柳作家の森田一二と話していたとき名乗ってきたみどり葉という私服の刑事に終生付けねらわれて最後に獄死することになるのです。東京に出てきても生活のめどの立たず再び故郷に帰るのですがこのときには「無産階級芸術運動の支部を故郷に作るという強い志を持って帰ります。無産階級の闘争をする中でみどり葉につけ狙われます。
 昭和5年には陸軍第9師団へ入営します。手箱の底に隠し持っていた「無産青年」が見つかり大阪の第四師団衛戍監獄へ昭和8年の暮れまで入獄させられそのあと金沢の原隊へ軟禁状態で返され、ほぼ4年間拘束されました。やっと自由を得て故郷で過ごしているところへ以前世話になった剣花坊が亡くなりその奥さんが志をついで『川柳人』を復刊させるというので手助けのために東京に旅立つ。奥さんが『蒼空』第一号を発行することができた12月も末に、平林たい子の音頭で「井上のぶこを励ます会」を開いた。そして1年間奥さんと『川柳人』の復刊を続ける中、翌年の12月3日の朝特高につかまり東京中野野方の警察署に送られ拷問に痛めつけられ、そこで赤痢に罹り豊多摩病院で13年9月に亡くなりました。
 作中、鶴彬の作品が何句か掲載されているのですが、いいなと思ったのは、吉川英治の
   大店の傘を出し切るにわか雨  
でした。彼は20代のとき10年間、鶴彬が敬愛してやまない剣花坊の「柳楢寺川柳会」の有力メンバー「雉子郎」だったということでした。
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コメント
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 最近、鶴彬の川柳が再認識され、数年前には映画にもなりました。本で読んだ時より膨らみが出たように思いました。
 現在、政府は機密保護法らしき法律を出そうと準備している様子ですが、此のような法律が通ってしまったら、さほどの重要性のない内容でも「国家機密」扱いされ、告発したりすれば秘密の漏えいで、重罪です。
鶴彬が生きた暗黒の時代、治安維持法の復活を思わせるような、大変な法律が通されそうで暗然としています。
歴史は良い方へ前進すると考えておりましたが、権力者は何故か反対向き、逆行している自覚もないようです。
さほど面白くはなかったと思いますが、色々と歴史的事実を盛り込んでいますね。
 志村様のご自宅から見える場所に、中野警察署があるようですが、野方と言う住所から推測して、鶴彬が病みながらも入れられていた監房の跡地にでも、建設された気がしました。
調べて発言すれば確かさがあるのですが、それ程の気持ちもなく、月日ばかりが過ぎてしまいました。
 未来を託す青年層の中から、戦前戦後の暗い時代を検証する人たちが増えることを願っています。
2013/10/04 22:07  | URL | みどり #-[ 編集]
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 鶴彬という人の存在をまったく知りませんでした。
 初めて知る人の人生にふれ感動いたしました。
(どこかでみどりさんがあかねさんに差し上げたなどと書いておられたのが頭の隅に残っていて、つぎはそれを読むことに決めていました。どこに書かれてあったのか思い出せなくて悔しい思いをしています。)
 みどりさんのおっしゃる暗黒時代の幸徳秋水 堺利彦 大杉栄や小林多喜二を髣髴させるものがありました。
 いままた、非正規雇用・働く貧困層・低賃金長時間労働問題が社会問題化する現況のなか、こういった人たちに心を寄せた文学が復活するのは当然の成り行きかもしれません。
 景気持ち直しの見通しもたたない中、持てるものが手放すことを拒めば、治安維持法の恐怖の復活にもなりかねません。でもこれだけはいやですね。
 私も読みながら野方というと志村さんを思い出し、先に入院されていた東京警察病院で陸軍中野学校のあったところかなとも思いましたが違うようですね。
2013/10/05 08:04  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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鶴彬の反戦の川柳は胸を打つものがあります。
手と足をもいだ丸太にしてかえし
でも初めて経歴がわかりました。小林多喜二以上の虐待に耐えたのですね。
2013/10/05 12:49  | URL | かわぐちえいこう #-[ 編集]
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 鶴彬。私はまったく知りませんでした。
 この時代の拷問は、中学校での歴史で学び、きっと怖くなって眠れなくなると、ほとんど読みませんでした。結婚してアウシュビッツ収容所の『夜と霧』を読んでトイレのたびに夫を起こしてトイレに付き合ってもらうという迷惑をかけて以来さらに遠ざかっていたのですが、このたびみどりさんにいただいて、川柳ということで、岡本一平の一こま漫画を楽しむくらいの気持ちでした。でもいつの間に私も頼もしくなって、拷問にあっても不条理な権力に向き合うこういったかたがたがじつはとても明るい性格であったことに救われたりしています。
2013/10/08 10:08  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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