『金銭を歌う』
2013/10/16(Wed)
 火野葦平著 『金銭を歌う』 を読みました。
 火野葦平は昭和35年(1960年)1月に自殺します。この『金銭を歌う』は昭和32年10月に発表したので、亡くなる2年3ヶ月くらい前の作品ということになります。
なにげなくぱらぱらと読んだ作品です。作品の最後、詩の会で知り合った美貌の女性桜井潤子が、乗っていたバスの事故で亡くなるのですが、その追悼文として「遺言」という詩を載せているので、気になる作品として記録します。
 桜井潤子の詩は、「九州文学」に掲載されたりして、賞を受けたりもするのですが、それらの詩は、作中の「私」にもよく理解できません。
 その「私」の作った「遺言」の詩も、この作品を読んだ人にしかもちろん理解できません。
 彼女は詩人でありながら、高利貸しをやっています。詩人の彼女と知り合った「私」は彼女が金融業者であることをついこの前まで知りませんでした。ちょうど「私」のところにお金を用立ててほしいという友達がきたので、その友達を彼女のところへ連れて行き、その仕事ぶりを知るのです。色仕掛けで債務を先延ばしして、あわよくば婿に入って債務をなきことにしようとする債務者の色仕掛けにはちゃっかりレクリエーションとして乗り、二度は延ばしてやって、三度目の期日が来るや、執達吏を差し向け借り入れ証書に記載してあるいっさいの担保物件を容赦なく差し押さえます。芸者上がりの美しい戦争未亡人の桜井潤子は高利貸しとして成功しながら、一方、詩人としてなんの不思議もなく詩を発表、「あたしの詩はみんなお金を歌ったものです。お金の正しさと美しさを褒め讃えたものばかりですわ」というのです。じつは婿養子がほしいとは思うものの、自分に愛情表現をする男性はお金目当ての人ばかりであることは重々承知で、真実の愛に触れられないという淋しさがあるのです。やっと文通を通して知り合った高校教師と詩の交換などして愛を確かめ合い真に自分が愛されたと文通の中で結婚の約束もしてバスに乗って逢いに出かけるのです。ところがそのバスがすこし前の台風によって弱っている路肩で横転して死んでしまい、その高校教師は彼女の財産に目をつけてあわよくば養子に入り込むつもりだったことが知れるのです。
 桜井潤子は二重人格でも分裂症でもなく、冷酷な高利貸しと美しい仕事とみえる詩人の結び目が、彼女の内部で矛盾することなくできていることが不思議で、私にとっては稀有の作品でした。

「遺言」
 この舞台になにを登場させよう。
 醜いアヒルの子よ、おいで。
 スワンになったって
 お前は金の卵を産む力はない。
シャイロックはお前を見向きもしない。
だから失格だ

シンデレラが絹の靴をはいて来た。
けれども片一方だけだから、
銀行の扉はあかない。

黄金の十字架の上に
頽廃と悪徳の花びらをちりばめよ。
そのとき、どこかで鐘がなり、
孤独な鳩がなにかを奪い返そうと、
十字軍のようにあばれる。

舞台を廻そう、
空虚の音を聞くために。
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