『たけくらべ』
2013/10/28(Mon)
 樋口一葉著 『たけくらべ』 を読みました。
 テレビで刑事ものを見るときに、コマーシャルになるや、洗濯機の干し物をかかえだして干したり、台所の洗物をしたり、床を拭いたりせわしく働きまわるように、『たけくらべ』16編を1編読んでは家事に立ち回りながら、リズムよく読めました。
一の
 ≪一体の風俗よそと変わりて、女子の後帯きちんとせし人少なく、がらを好みて幅広の巻帯、年増はまだよし、 十五六の小癪なるが酸漿(ホオズキ)ふくんで此の姿はと目をふさぐ人もあるべし、所柄是非もなや、・・・・ さながら教育はむづかしきに、教師の苦心さこそと思はるゝ・・・。≫
 あらためてこの一説を、今の私の職場で読み上げるなら、みんな大笑いするのではとおもはれて、おおいに読書が盛り上がってきました。

 吉原界隈という、社会の色処の代表と思われる色町にも子どもたちの生活があり、成長があります。無垢と思われる子どもたちが、大人社会の影響を一身に受けながらの喜びや悲哀が、過ぎ行く季節ごとの祭事とともに活動写真のように鮮やかに語られています。
 登場人物はおなじみの龍華寺の信如。かれは以前は引導頼みますといって猫の死骸を投げつけるようなわるさをされることもありましたが、いまでは勉強もできてなんとなく俗っぽさもなくなっり、そのようなことをする子どもはいません。そして家に金あり身に愛嬌ありという表町の高利貸しの田中屋の正太郎。横町組の乱暴ものの長吉。美人とはいわないまでも立ち姿の美しく、声が涼しく、切れ離れよき気象に姉が全盛で日々夜々の散在もたいそうで、遊芸手芸学校に通わせられ、午前中は姉の部屋で過ごし午後は街中で遊んでいる美登利が登場します。
 長吉が気の進まない信如を味方につけて、八月廿日の千束神社の祭りの日に、毎年負けさせられてばかりいて悔しく思っている正太郎をやっつけようと計画します。当日、正太郎や美登利たちのたまり場になっている筆屋へ長吉が勢いよくけんかを仕掛けてきますが、丁度正太郎は祖母の言いつけで家に帰っていて、そこに居合わせた三太郎がひどい目にあってしまい、加勢に入った美登利もぞうりを額に投げつけられたりします。大人もこの乱暴には追いつけずとうとう巡査に入ってもらって喧嘩が納まります。このことで真如は陰に隠れて煽動したと思われるようになり、美登利は体の異変から、自分が子どものようにもしていられないことに気づきはじめ、学校も休むようになり、疎遠になっていきます。
 真如はそのうち然るところの仏門に修行に行く。その朝、美登利の住まいの玄関に水洗の造花が置いてある。という結末です。
 以前読んだのがはるか昔のことで、出だし以外は覚えていませんでしたが、ていないな解説書を読んで、何十年もたって読み返してみると、まるで、本への馴染み方がちがい、若き樋口一葉の筆運びのきびに絶句意いたしました。
スポンサーサイト
この記事のURL | 未分類 | コメント(0) | TB(0) | ▲ top
<<『北村愛子詩集 証言 横浜大空襲1945年5月29日』 | メイン | 『一葉伝 樋口夏子の生涯』>>
コメント
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://yamanbachindochu.blog106.fc2.com/tb.php/613-bfc9a6bf

| メイン |