『炎のあとに、君よ』
2013/11/05(Tue)
 早乙女勝元著 『炎のあとに、君よ』を読みました。
 みどりさんからいただき、1945年3月10日の東京大空襲の惨状のただなかと、被災者のその後を生々しく感じた読書でした。
 東京都庁でいただいた東京の地図を手元に置いてたどりながら読みました。東京が舞台になっている読み物は多いので東京大空襲について語られている本も多いかと思いますが、このようにそのものを取り上げて、語られたものを読んだのは初めてではないかと思います。それだけにおおきな衝撃を受けました。
 小説の主人公勝平は、30代に東京空襲に関する総合的な資料作りを初めて15年目、戦後40周年を記念する企画のために、爆撃した側の新資料の解明・分析の緊急作業に精出しているとき、ある新聞の「人生指針」(人生相談)への投稿に回答者の仕事もしていたのですが、その東京の大空襲で孤児になったという投稿者の名前と年齢に自分の父親の愛人との子ではないかと言う疑念を持ちます。投稿者は、爆撃で肉親と片目を失って養護施設で育ち小学校5年生のとき、二人の子どものいる夫婦に引き取って育てられる。中卒で就職。結婚するまでの12年間、給料は養父母渡してきた。結婚して幸せな日々を送っていたが、最近養家の義理の兄が無心にくるようになりどうにかやりくりしていたが、今回桁外れの借金の保証人になってくれとのことで大変困っているとの内容でした。
 投稿者田木子といえば、色街玉の井のヤミの店の小料理屋の内儀の娘で、勝平の父親の愛人が内儀で勝平の腹違いの妹多希子ではないのかと思えたのでした。そして、勝平が、空襲のあった頃からずっと思いを寄せていたきよちゃんこと恵坂きよ江が空襲で逃げ惑ううちおぶっていた彼女を殺してしまったと後生ずっと苦しむ原因になった人でした。
 そのきよちゃんへの恋心、そして思いの通じた喜びと別れ、そしてきよちゃんの苦悩と死を描いています。
 昭和19年3月10日の東京大空襲では10万人の人が亡くなり、被災者は100万人と言われています。アメリカ側の「戦術作戦任務報告」、B29を主力とする戦略爆撃がもたらした被害実態と、その爆撃効果や影響を知るために作成された「米戦略爆撃調査団報告」の記述が述べられています。
 「・・・・なお、われわれの攻撃の目的が、非戦闘員の無差別爆撃のためではないということは特筆されなければならない。それはもっぱら、日本の中心部に集中している工業と、戦略上重要な目標を破壊することにある。」これはたとえばスズキ家がボルトを作れば、隣のコンドウ家がナットを作り、お向かいのタナカ家がワッシャーを作っていると言う具合に、日本の都市の家屋はすべて軍需工場で、女、子どもまでが軍需産業に従事している以上、これを目標にして何が悪いかとの理屈によるものであるという主張によるのだそうです。攻撃側の資料と、爆撃を受けた街の地獄絵図と、多くの無残な死体を掻き分けて生き残ったものの苦しみと、記録しなくてはいけないという責任感とを息のつけない思いで描いています。
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コメント
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 ピカソのゲルニカの絵画に観た、衝撃的な戦争絵図、酷く身に迫るものがありました。・・こうした、いつまでも忘れない記憶に重なった早乙女勝元氏の本でした。
無差別殺害を当然視する戦争というものの本質、世界中に戦争の無い時代を望んで来ましたが、今世紀もアメリカのイラク戦争から始まり、未だあちこちに戦争が終わっていません。何故、何故と考えるだけで、疲れてしまいます。
資源の奪い合いと資本の支配が根本にあるのだと思いますが、抵抗しながらも、次第に戦争に巻き込まれる人々の弱さなど、私には他人事ではない怖さです。
 家人は渋谷区幡ヶ谷本町に4歳頃まで住んでいたそうですが、幸い大空襲の前に武蔵小杉(当時は田園地帯でした)に伯母を頼って移転したそうです。焼け野原になった「自由が丘」辺りを、よく記憶しているようです。
私も同じ頃に戦火を逃れ母方の茨城県鹿島郡へ疎開していましたが、直接には爆撃の跡を見ていません。横浜がある程度落ち着いてから、母が状況を判断し疎開先を引き払ったのは小学3年の秋でした。
 その為、戦争中の思い出は殆どありませんが、戦後の東京は浮浪児が多く、多くの人が飢えに苦しみました。
 お互いに戦争のない世の中にしたいものですね。
2013/11/05 15:22  | URL | みどり #-[ 編集]
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 安部政権になって新しい法案を聞く度に、じわじわと戦前のような暗い雰囲気を想定してしまいます。ほんとうにみどりさんのおっしゃるように芯から疲れてしまいます。
 著者の東京大空襲を伝えなければという思いの強烈さを思うとき、本当に若い政治家の戦争ごっこ、英雄ごっこに翻弄されてなるものかと思います。
 みどりさんや志村さんの新宿西口のひとりでもでもや国会一周アピール散歩応援します。どうぞ体に気をつけてがんばってください。
2013/11/05 17:56  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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