『自決 こころの法廷』
2013/12/19(Thu)
みどりさんからいただいた澤地久枝著 2001年発行の『自決 こころの法廷』 を読みました。
 著者の澤地久枝は1930年の9月生まれで、終戦を迎えたときは14歳。満州の吉林市に住み学徒動員で陸軍三等看護婦見習い中でした。その4日後の八月十九日に会寧に駐屯の工兵連隊の准尉である母親の弟一家四人が自決したことを引き上げた後で知りました。
 著書は、同じように終戦後やはり八月十九日であろう日に、一家4人で自決した親泊朝省という軍人のあることを知り、自分の叔父一家への思いと重なり、親泊朝省を中心にこの自決とか玉砕のあった時代背景にこだわってできるかぎりの調査をしました。その記録といえる書物でした。
 親泊朝省は沖縄出身で明治36年生まれ。早くから軍人を志し、熊本陸軍幼年学校からはじまって陸士専門学校まですすんで軍人になった人でした。軍人としての最初の戦闘は中尉で昭和6年の関東軍による満州事変の直後で、語り草になるほどの武勲をたてました。7年には「満州国」の誕生です。9年に大尉になり、11年陸大馬術教官の任命を受け東京に帰り、12年9月から参謀本部副官として勤務、14年3月騎兵少佐になり同年5月には陸大専科入校15年2月に卒業騎兵学校の教官、8月参謀として中国南方の戦場に出向き、真珠湾攻撃があった直後に12月26日に香港で英国を退けます。17年1月スマトラ攻撃作戦の下達を受け4月スマトラ全島が攻略されます。9月のニューギニア作戦への準備中、急遽戦局変更によってガダルカナル島奮回作戦に投入されます。
帰国して軍の情報局に勤務、終戦まで国民に戦時の心得などについていろいろな雑誌などへ記事を書いた人でした。執筆された数々の記録は、「とにかく草木を食んででも皇国日本が勝つまでがんばりましょう」の文脈です。 親泊朝省は食料や武器の補給もままならないガダルカナルなど南方戦地現場では、やせ衰えての餓死、あるいは病死、空爆での戦死者の多くの死体を見ました。それでも現地では、祖国での悲惨なようすの流言に米兵を少しでも倒そうと死を決して戦っていました。ところが帰国したが内地ではのようすはそれほどのこともなく、戦地現場での兵隊たちの苦労への認識があまりにもたりないとの思いありました。空襲さなかの出版物にも、そのことを念頭において、国民への忍従を訴えています。
 昭和20年までの昭和史のなかで、外交交渉によっていくどか日本が武力行使中止のチャンスはあったはずです。しかし、いつもそうはしませんでした。その結果が兵隊や国民へのこの要求です。私はこの本を読みながら、安部政権の特別秘密保護法成立をテレビニュースなどで見ました。おなじくそれらを受けて、志村建世氏のブログで「いまや戦後ではなく戦前です」の記述を読み、戦前の陸軍部が東電ならその他の電力会社は海軍とでもいえるでしょうか、それらに引きずられて、国民や科学者の原発への危惧を無視して、震災による事故の収束計画は順調にいるなどといいながら、増税を強いるのは当たり前のような顔をして国家事業を拡大している姿が重なりました。
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コメント
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 お元気そうで良かったです。
澤地久枝氏の本は読みづらく、読んで楽しいものではなかったと思いますが、手にとって頂けたので嬉しく思います。
氏は度々大病し、弱ってしまったお身体を奮い立たせながら、原発反対や、平和への集会などで講演して下さるのですが、長生きして下さることを念じております。
 年末で仕事など何かとご多忙と推察致しておりました。
お便りを省いて、此方のメールで失礼いたしますが、本日お読み戴きたい本など送りました。
中には読みたくないような本もあると思います。其の節は申し訳ありませんがゴミに出して下さい。
林真理子氏の「白蓮」関連の本は嵩張りますが、意外と面白く読めましたので、これは愉しんでいただけると思います。
 読み旧しばかりですが、少しでも退屈しのぎのお役に立てれば幸いです。
2013/12/19 23:43  | URL | みどり #-[ 編集]
- ありがとうございます -
 お体不調にもかかわらず、又本を贈ってくださるなんて感謝感激です。
 娘は林真理子のものはほとんど読んでいるのではと思えるくらいフアンで、白蓮についてはいただいた本とはずいぶん違った印象を持っているようでしたので、私も読みたいと思っていました。ありがとうございます。
 読みづらい本というのは、著者も書きづらかったのではないかと思うようになりました。書きづらくても書かれた本だから読みづらくても付き合ってみるのも修行でそれなりに人生を底なし沼に引きずり込まれるように深めていくことができるように思いました。
 みどりさんのことゆえ著者に身近く接しられたことがおありなのではと思いましたがやはりそうなのですね。
 「結末として親泊朝省は・・・」などと小説のように一括りにできないのが人の一生で、あらわしづらい生身の親泊朝省が読み手の心の中にしっかり居座ってしまった思いです。ありがとうございました
 
2013/12/20 07:00  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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