婦人民主クラブ旗開きに参加しました
2014/01/10(Fri)
 1月5日(日)婦人民主クラブの友達に誘われて参加しました。
 公共交通網を使用するのはひさしぶりでしたが彼女がいるので無難にたどり着くことができました。
 途中で私の友人は誰かと連絡をとってコンビニで花とビールを買って一番の到着でした。
 会場は、西区草津東の「小西のぶ子記念館」という小さな古民家といった会場で、この記念館を買い取ったというIさんが一生懸命オードブルを作っておられました。
 部屋にはセピア色の図書の多さが目に付きました。古い図書もありましたが1970年代くらいからのすでに原発に疑問を抱いた図書が多くあるのに驚きました。
 20人たらずの女性が集まりました。そして、つれてこられた5歳前後の男の子3人。脳血栓などで車椅子で介護されながらの男性二人。一人は長い間この活動を支えてこられた支部長のご主人。もう一人は福島から母親たちを招いて被爆に対する支援をしてなんどかNHKでそのようすが放映され、さらにこの冬休みにも福島の子どもたちを保養のために招かれたりしていたかたのご主人で、福島共同診療所のたちあげなどにご苦労された元医師です。そして男性のカメラマン1人も参加されていました。
 今年の目標や行事予定が語られていきました。
 順を追っていく中で、3月8日の国際婦人デーについての説明がありました。この国際婦人デーは1904年3月8日にニューヨークで女性労働者が婦人参政権を要求してデモを起こしたことによるとのことでした。私は働く母親をサポートする職務についていながら、このような歴史への認識に欠けておりました。
 今年は第一次世界大戦からちょうど100年の記念の年でした。第二次世界大戦を考えるとき第一次世界大戦を抜きにしては、日本の第二次世界大戦での不条理を理解できにくいということもあることを、みどりさんからいただいて、年末に読んだ『自決こころの法廷』で確認したばかりでしたが、これら女性の権利主張などをも含めた第一次世界大戦への気運というものもあったことをみのがしていました。
 私にも発言を求められたので、安部首相のこの一年の突っ走りが、ナチ党が政権をとってヒットラーが首相になったときのそれに似ている気がして不安ですと感想を述べました。
 この1月25日、民主婦人クラブの福島支部が立ち上がるので広島からは檄布を祝いに持って参加されるのだそうですが、いいあらわせない感慨がつたわってきました。思いをかたちにしていこうとがんばっておられる姿に元気をいただいた正月休みの一日でした。
 夫が年をとるにつれ、男が労災事故などで病気になったり死んだりしたら、後に残った女性たちが戦わなくてはならないのだから、こういう活動を日ごろから支援しながら勉強したほうがいいよと盛んにいうようになりました。その意にも沿えた気がしました。
 会が引けて、西広島駅で乗り換えのとき、駅からほんのすこし西にいったところの、彼女や私の夫の実家のあったところを懐かしく散歩して帰りました。
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