『近松門左衛門』
2014/01/24(Fri)
 新潮古典文学アルバム 『近松門左衛門』 を読みました。
 前の記事『寂聴草子』もこの本もみどりさんからいただいたものです。
 この新潮古典文学アルバム 『近松門左衛門』は、ページ数は少ないのですが、すべてよい紙質で、写真がきれいに印刷されています。
 最初に書かれた橋本治氏の「突っ走るエゴイズム」の文章に衝撃を受けて、職場研修へのバスでの往復中に全部読んでしまいました。
 ≪節制というものがカケラもない。抑制なしにすぐ怒る。バカだし、見栄っ張りで、貧乏ったらしいし、スケベだ。・・・・・・中の巻きの段切れが、「目出たいと申さうか、お名残惜しいと申さうか千日言うても尽きぬ事。その千日が迷惑と、夕告げ鳥に別れ行く、栄耀栄華も人の金。果ては砂場を打過ぎて、跡は野となれ大和路や、足に任せてー」となる。それで終わって、いきなり下の巻きの“相合駕籠は、「翠帳紅閨に枕ならべし閨の内」になる。・・・・・・」≫ 有名なこのくだりも、説明を受けて読み直すと、なるほど「突っ走るエゴイズム」としか言いようがありません。

 最初は、写真を見たり文章を読んだりしていたのですが、これでは頭に入りにくいと思い直して文章だけを読んでいったので早く読めたのです。
 わからない言葉で、気になる言葉が2・3あったのですがバスのなかなのでどうにもなりませんでした。
 このような本を読むとき、歌舞伎や浄瑠璃をたくさん観られていて、さらに舞台に立って日本舞踊を演じられていたりするみどりさんとの本への思い入れの大きな違いを思います。私が読むと猫に小判というような気がしないでもありません。
 それでも、それなりに武士から、当時としては大変身分の低い歌舞伎や浄瑠璃の戯作者になって時代の波にのって名をなし、成長してゆくさまを知ってゆくのは楽しいことでした。彼の作品のあらすじも知らないものがほとんどです。
いま、写真だけを楽しんで眺めて、みどりさんに感謝しながら目の保養をしております。
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コメント
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こんばんは。
あかねさんの本を読んであらすじ、感想を即座にお書きになるのをいつも本当に羨ましく(その能力が無いのですから、羨ましいもへったくれもないのですが)思います。
私も今、今日読み終えた本のことをちょこっと書きました。ご紹介するのに他人の力を借りなければなりません。

霞さまにコメントしたのですが、まだお読みになっていないようです。私の方「コメント解禁(ゲ-ムの方向転換)」にしましたので、日頃の頭休めに、気が向かれましたらお出かけ下さいと申し上げてください。
2014/01/25 23:52  | URL | 花てぼ #ZjTFAI5c[ 編集]
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 夫に伝えました。
 夫のブログは時々このようなことが起こるようです。
 すみません。

 正月、どんな本を読まれているのかなと思っていました。
 ゲバラはずいぶん昔、開高健か誰かの本を読んだことがあるように思いますが、歴史のなかに組み込みながら読めたかというとNOです。
 五木寛之の本はまたずいぶん違うようで九州出身の花てぼさんには深い思いをされたのではないかと思いました。 
2014/01/26 09:41  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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