『読んでみませんか 教育基本法』
2014/02/05(Wed)
 みどりさんにいただいた本です。
 大原穣子・小森陽一著 『読んでみませんか 教育基本法』 を読みました。
 この本のテーマは、教育基本法への理解を深め、それが正しく運用されているかを見抜く力を持つことが必要だということです。
 じつは、東京都知事選さなかの読書で、この記録を書くことに躊躇しました。
本の中で、自民党政権、森政権・小泉政権の時代から、文部省あるいは文部科学省の省令による学習指導要領が微妙な文言の言い回しによって教育基本法からぶれていきつつあることをのべているからです。この問題も勿論大きな問題ですが、いまの日本においての緊急課題と私が考える脱原発を主張し、しかも当選後これがやってのけられる候補者は小泉の後押しする細川しかいないと考えるからです。でも書かずにいると、ほかの本が読めないのと忘れてしまいそうなので、書き記すことにしました。いつものことですが、読み終わったあと、その本のことを長く考えているといろんな考えが頭をもたげます。もちろん、その本によっておしえられたことが基本になっています。
 今、思っていることは、この憲法や教育基本法のできた時代のことです。長い戦争によって国土は荒廃し、人心は敗戦によって目的もなく憔悴しきった時代でした。この状況の中で、世界に誇るこの平和憲法とこの理想を具現するための教育基本法ができた時代のことです。
 夏目漱石が、長野の教育委員会に招かれて講演した「文芸と教育」の中で語った、「時代は振り子のようなものです。ロマン主義と自然主義、どちらか片方に大きくふれれば次はもう片方に大きくふれるのです。」といったような内容の言葉だったと思いますが、この振り子の振れがふりもどされたときがこの憲法や教育基本法の制定だったと。異常なほどの皇国へのエモーショナルな教育勅語にたいして、国民一人ひとりの個性を尊重する教育基本法ができていった状況をよく表していると思います。
 漱石は、明治の維新によっての、極端な欧化主義を嘆いていました。また、一国一城の主といわれるほど日本国内でさらに鎖国体制のような感じで各藩は藩経営を押し進めていくなかで、その地方ごとの風土を生かした産業や生活によって花開いていた日本の文化が、富国強兵の名の下にその色合いをうしなっていくことを淋しく思っていたかもしれません。
 時代のおおきな変遷をみるときは、一つの考えの振り子があまりにもおおきく振れすぎたときかもしれない。
 科学万能主義が国策の中心にすえられるようになったとき、科学によって国が崩壊するのは当然の成り行きかもしれない。

 教育に携わっている人で、この教育基本法を読んだことのない人はいないと思います。しかし、ここまで、ことばを耕しながら読んだ人は少ないと思います。「教育は」の主語が「教育行政は」という言葉に置き換えられて、国家による押し付け教育が推し進められています。校長が教育者ではなく行政マンに置き換えられています。教育現場は非正規雇用の採用が大幅に増えています。教育現場にいる人は年々の人事異動を見ればその傾向が顕著であることに気づいています。教師が本当に教えることは、反体制的なことは言わなくても、この教育基本法を正しく教えることではないかと思える一冊でした。
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