『出会いに学び、老いに成長する』
2014/02/20(Thu)
 日野原重明著 『出会いに学び、老いに成長する』 (1996年発行)を読みました。
 この図書もみどりさんに頂きました。
 最後の記事に書き終わった年齢、84歳と記されています。

 この年齢になって、米国作家ロバート・フルガムという人の『人生で必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』という本の一説を最初にあげられているのに接して、あらためて、自分の仕事の大切さについて考えさせられました。
 次の日、ちょっと仕事に力が入って大きな中学2年生の男子をみっちり2分間くらい説教してしまいました。そのあとその子はめげずに卓球の相手をしてほしいというので、戸外がうす暗くなり小学生を帰してから、20分くらい相手をしました。「どうして児童館の先生は卓球が上手なの?」というので、「うん、誰かに教わったことはないけど、相手が打ち返しやすいように真ん中の線に返そうと努力したことが良かったんじゃない」というと、彼がセンターラインに打ち返しだし、センターラインに返ったときのホームがかっこいいと褒めると、私にぼろ負けしていたのに、いきなり最後11本勝負して!といいだし、ぴしゃりと私を負かしてしまいました。
 日野原氏のお話に出会うと、このようにすぐ日々の生活に影響を受け、その体験を通してなにがしか学ぶことがあります。

 また、記事の多くが、ホスピスでなくなられた患者さんの亡くなる直前の手紙や、看取られた家族からのお手紙などで、一つ一つの記事が重く、死期に出会うことの少ない現代の私たちにとってはとても大切なメッセージに思えました。
延命だけのための治療は受けたくない、死のその瞬間まで意識があり、痛みはなく静かに死を受容でき、世話になったかたがたにせめて感謝の気持ちを伝えて死を迎えたいと願う人々の希望をかなえられる医療のあり方を、求めてやまない日野原氏の情熱が随所から伝わってきます。

 感動を頂きながら読みすすむうちに、日野原氏の父上が萩の出身であり、広島女学院の院長だったことに触れておられたので、そのことを夫に話すと、「萩出身の日野原家といえば毛利の重臣で、祖は広島で・・・」と検索してくれ、日野原城跡が安芸高田市にありました。私の住んでいる可部も毛利家臣となった熊谷氏の居城があった高松山があります。萩に夫婦で遊んだときに、以前教会があったという地にキリスト教禁制の折、信者であることをかくさず、一族全員殺されたという熊谷氏の巨大な碑が建てられてあるのを見て、「可部から来ましたよ」と挨拶をさせていただいたことが思い出されました。毛利の家風の一場面に多くのキリスト教信者を輩出させる部分があったのかな、などと思いながらの読書でした。

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コメント
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 児童館で触れ合う子どもの成長に、一役も二役も負っておられる様子に心温まりました。
単なる読後感に終わらない人生の機微が浮かんできました。
それに致しましても日野原氏は魅力溢れる方ですね。
テレビを通じてのお話と本でしか知り得ませんが、一度はお目にかかりたかった方です。或る時、浅草公会堂で講演がありました。知らずに浅草に出かけた折りのことですが、入場したいと強く思いましたが、予約でしたので、横目に看板を見ながら帰りました。
その頃に求めた本でしたが、肩の凝らない親しみやすさに色々教えられた記憶があります。
 後半にありました、ご夫君の霞さまとのやり取りも知らない事が殆どでした。ご夫妻の歴史に関する知識の豊富さを感じます。
日野原先生は、未だ現役の医師と伺いましたが、お食事など、とても気遣っておりますね。
 末尾になってしまいましたが、ただ命永らえるばかりが良いとは言えないという点には深く共感しております。
氏はキリスト者として、患者さん達に死の従容をお教え下さったと思うのです。
医師だけではなく、末期の医療には精神的支えも必要だと思います。日野原先生に看取られ最期をお迎えした患者さん達の安らぎを思います。
 私事ですが薬漬けになってしまい(此れ程までに、生きなければならないのかしら)等とふと、弱気になってしまいます。
(此処までで充分です)と区切る線を模索しています。医師は4月を目途に再度の入院を勧めて下さるのですが、私自身は服薬で終えたいと伝えました。実は昨日(19日)は術後の検診でした。
もちろん、今後も明るく行動出来たらそれが良いのですが、どうしても選択しなければならないことは、週末医療に限らず、色々と起きるものだと改めて思っております。
2014/02/20 15:02  | URL | みどり #-[ 編集]
- みどりさんへ -
 天寿は仏様か神様しか知らないし、体のことはお医者様にしか分からないので、みどりさんの思い悩まれることもほんとにそのとおりだと思います。このようなとき日野原先生に診察していただいて、解説していただけたらと思いますよね。
 
 本を読んでいる限りでは、終末医療のホスピスの収容可能患者数はほんの少数しかないのではないかと思われます。
 以前広島の県病院の、癌患者の終末医療が大変すすんでいるというようなテレビ番組を見ました。耳の手術で入院したときに何度かその病棟にこっそり行ってみましたが、確かに設備は立派そうで花なども飾ってありましたが誰も人に会いませんでした。いろんな部屋におかれている図書などをめくって読んでいる間も、どなたにもお会いできませんでした。この実情、いまだに私の県病院の不思議その①です。
2014/02/20 21:38  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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