『風青き思惟の峠に』
2014/03/30(Sun)
 右遠俊郎著 『風青き思惟の峠に』上・下 を読みました。
 この本もみどりさんに頂いた本です
 1989年11月17日から90年6月23日まで250回にわたって連載されたものだそうです。
 読み始めて、なんだかこれに近い内容の本を読んだ気がして、過去記録を見ると、やはりみどりさんから頂いて読んでいました。
 右遠俊郎著 『海を渡った蝶』です。この本は自身の自分史で終戦前後の青春時代の記録でした。
 『風青き思惟の峠に』は『海を渡った蝶』より7年前に書かれた作品でフィクションですが、主人公が旅順高校に入学して、同校から退学処分を受けるまでを描いています。著者は≪戦争末期の、植民地における支配民族の息子たちの、愚かながらも真摯な青春の「思惟」をできれば普遍的な形としてとらえてみたかった。≫と作品の最後に付記として語っています。
 高校生として普遍的な真理を追究し、それによって自己を確立したいと願う主人公が、戦況もいよいよ悪くなるという世情にあって、常に兵役徴集を気にして精神的に追い詰められ、学徒動員での無意味に思える作業内容の重労働で学問はままならず、人間としての誇りを失うことへの虚無感だけを抱くようになるいきさつが丁寧すぎるほど丁寧に描かれています。そんな心情をどうにか救って支えてくれる家族、友人、恋人とのかかわりが美しく描かれていきます。
 久しぶりに本を読み上げました。
 ブログが思ってもいない様子になっているのであわてて記事を書きました。
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コメント
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 ご退職の準備など多忙に過ごされていらした事と想像しておりました。暫くは思いがけない用事が重なると思います。
 右遠俊郎氏はご存知かと思いますが、昨年10月に87才で亡くなられましたね。この2月に『右遠俊郎・文学論集成』が刊行されましたが未だ読んでおりません。
氏は「今を如何に生きたらいいのか」と、自らの体験を通じて語り続けて来たように思います。
1996年に脳梗塞で倒れ、その後の約10年間、再発で小説の言葉を失う2008年2月まで、氏は病と闘いながら作家としての本義を貫いたと言われています。
 それほど好きな作家だったとは言い難いのですが、戦前の学生の姿など知る糧になりました。
2014/03/30 18:34  | URL | みどり #-[ 編集]
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 ブログが大変なことになっておりこのように元に戻るのかどうか不安でした。
 この記事を書いただけで元に戻ってほっといたしましたし、こうしてみどりさんにいろいろ教えていただくことができてありがたいと思いました。右遠俊郎氏のことはみどりさんに頂いた『海を渡った蝶』で始めて知りました。以後通勤時の車の中で「北帰行」を口ずさんで気分を思い出していることがよくありました。
 あらためて終戦前1年のエリート学生が怯えながら自分の人生に向き合っていた気持ちは、3・11を体験した私たちにまた新たな「思惟」を突きつけてきます。
 わたしはつくづく自分が文芸というものへの理解がないこと
を感じるので、詩や俳句・短歌の作品らしきものが後回しになっています。ところが昨夜来読んだ『安達太良のあおい空』では詩で訴えることの凄さを感じています。「あやまちはくりかえしませんから」とひろしま被爆者慰霊碑の前にひろしまのそして人類のこころを刻んだはずです。そのことが思い起こされて悔しくてなりません。
 今日は最後の勤務です。この悔しさが子どもたちに伝えられたらと願っています。
2014/03/31 10:38  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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