『若き日の詩』
2014/04/22(Tue)
 松谷みよ子著 『若き日の詩』 を読みました。
 この本もみどりさんに頂きました。
 2月頃にも一度読んだのですが、よくわからず、どのように記録すべきか見当が付きませんでした。
 言葉の羅列から連想されてくるものが頭の中でこんがらがってくるような気持ちでした。
 このたび与謝野晶子の圧巻を読み終えて、偶然そのあとにあらためて再度読むことによって、ぐっとことばが意味をもって語りかけてくるようになっていました。与謝野晶子の作品を解説してくださった赤塚行雄氏がここでも道案内をしてくださっているのかもしれません。
 与謝野晶子の本も、最初はむつかしくてなかなか読めなかったのですが、中ほどあたりから興味をそそられるようになり、最後に近づくにつれ胸に押し迫ってくるような読書経験をいたしましたが、この『若き日の詩』の本もそんなかんじで、最後の『徒労』という作品になると、気持ちそのままいただいておりますというかんじになりました。

 自分の病気が治らない、死ぬるかも知れないと知ったとき、生きている一日一日が、さらにすべてのことが徒労であると思える自分がいる。
 まるでムーランルージュのように。
 私がいま、不治の病になったとして、この一日一日を徒労だと思うでしょうか。そんなことは思わないはずです。逆に死に向き合う一日一日が、とても大切な瞬間に思えるのではないか。と思ったとき、この本のタイトル『若き日の詩』が目に入いりました。
 たしかに、若いときならこのように心がゆらめいたに相違ありません。
 年老いた今のこの心境と比べたとき、一日一日を苦しみながら、あるいは楽しみながら、日々を、そして年月を重ねることの尊さに出会えていきました。
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コメント
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 児童文学という分野の於いて、第一人者と目されている松谷みよ子氏ではないかと思うのですが、読み易い親しみ深い本の数々を世に出すには、若き日の苦闘があったのだと思います。
生き続ける意味を探りながら、探しえないもどかしさも抱えた時期があったはずです。
私にも詩は理解できたもの、出来なかったものとあります。
この方は常に社会を見つめて、自他を追及していくというより、豊かな空想力で物語を紡いで行く女性ではなかったのかと思いながら、本を閉じたことを思い出しました。
 娘の為に沢山の本を読み聞かせた時代がありましたが、松谷みよ子氏の本が色々ありました。
それらの本は何処へ隠れたのか?黄ばんで捨ててしまったようでもあり、過ぎ去った歳月が遠くおぼろに霞んでいます。
2014/04/22 18:52  | URL | みどり #-[ 編集]
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 児童図書で名をはせた方ですから、読みやすいのではと、思い込んでしまい、一人の女性としてみるという視点にかけていました。けさも村岡花子の朝のドラマを見ていますが、村岡花子にもモンゴメリも一人の女性としての部分に触れて作品を読むともっと深く味わうことができそうですね。
 
2014/04/23 10:57  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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