『焼津小泉八雲記念館―八雲と焼津―2007』
2014/05/12(Mon)
 平成26年、小泉八雲記念館発行 『焼津小泉八雲記念館―八雲と焼津―2007』を読みました。
 小泉八雲が晩年、焼津に行くようになっての焼津にまつわる第一作、『霊の日本』1899年の装丁カバーが表紙に使われているなんとも美しい冊子です。
 第165回広島ラフカディオ・ハーンの会に出席させていただいたときに頂いたものです。
 小泉八雲その生涯と題して、その生涯が初心者用に興味深く簡単に書かれてあり、晩年の夏休みをすごした焼津のことや焼津を題材にした作品の紹介などもあって、ハーンその人についておおまかに知ることができました。小泉八雲について何も読まずに急に会に参加して、ハーンについて、不案内のままで、会のパンフレットなどを読んでいますが、最初にこれを読んだほうが分かりやすくより楽しめたかなと思いました。
 「漂流」の解説については、最近起こった私事のことと思い合わせて特に興味を持ちました。「漂流」の主人公の天野甚助は、乗っていた船が遭難して板子を頼りに泳ぎ3日2晩漂流して助けられます。この板子をいつも何かにつけてお願い事をしていた地蔵様に奉納するというお話らしいのです。
 先週の日曜日、千代田の小保利薬師を訪ねたとき、国宝の薬師像ほか、たくさんの彫刻の仏像に出会いました。展示館の職員の方が、私たち夫婦しかいないこともあって、実はあの小さいほうの12体の仏像などは地元の人が子どものころ、浮き輪代わりにして泳いでいたということです。と耳打ちしてくださいました。それで私が、そんなことなどから、仏像が海などに流れていったのを拾って、一畑薬師や東京の浅草寺などの信仰が始まったのですかね。といいますと、えっ!といった顔をされたので、夫が一畑薬師や浅草寺のいわれを話し始めました。その話しぶりが、一畑薬師の説明は昨年一畑薬師を訪ねたとき、一畑薬師のいわれがそれぞれの柱に順に書いてありましたが、その柱に書いてあるとおりに物語りますので、私は可笑しくて大笑いしたのでした。日本の信仰のあり方がここにもあったかと本当に楽しく読ませていただきました。
 またハーンは、日露戦争が開戦すると、海外の新聞雑誌に盛んに日本びいきの記事を書き送っていたというところでは、司馬遼太郎の『坂の上の雲』を読んだとき、バルチック艦隊が喜望峰を回って攻めてくる途中、港々で、燃料補給をしようとして、契約してあったにもかかわらず、補給を請け負った会社などが落ちぶれていく親戚に接するような態度であるため、補給に難儀したことが書かれてあったことを思い出し、ハーンのこのような支援が役に立った部分があったのかとの思いがいたしました。


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