『小さき者へ』
2014/06/14(Sat)
 有島武郎著 『小さき者へ』 を読みました。
 読みたい本や資料が山積みですが、なぜか有島武郎著『小さき者へ』です。
 じつは、第166回広島ラフカディオ・ハーンの会での講演で、永井荷風の話がありました。かえって、昭和42年出版の本で、永井荷風について調べていたら、近代作家のなかで、伝記を読んでみたい、あるいは書いてみたいとおもう作家として、永井荷風と有島武郎を上げていました。
 有島武郎といえばあまり話題に上らないので、私だけが興味を持っている作家だと勝手におもっていました。私が興味を持ったのは、誕生日が3月4日で私と同じで、読みはちがうのですが母親が私と同じ幸子だからです。そんなことから高校生の頃、あのうす緑色の旺文社の文庫本を買ったことがあります。
 関心を持っていながら、このたび読み返してみて、高校生の頃読んでいるはずですが、まったく覚えていませんでした。
しかし、この『小さき者へ』という作品を読んで文体にも内容にも、修身ではなくて、文学書にこのようなものがあったかと意外に思いました。
 有島武郎には、3人の男の子がいました。ところが、長男5歳、次男4歳、三男2歳の子どもを残して妻の安子が結核をわずらって亡くなってしまいます。それから、1年5ヶ月後にこの母のいない子どもたちを思って、この作品が書かれます。母親のいない不幸な子どもたちに、出産から病死するまでの母親の姿を克明に書き記します。その子どもたちを母親がどんなに愛していたかを。その崇高な母親の愛が子どもたちの心のよりどころとなることを願って描きつづられています。そして、その母親の愛を通じて自分も愛を教えられたことへの感謝の念もあります。このようなことを、書き残した上で、子どもたちに、「倒れた親を食いつくして力を貯える獅子の子のように、力強く勇ましく私を振り捨てて人生に乗り出していくがいい、行け、勇んで、小さき者よ」と、父性愛の限りをつくして訴えている姿に必死なものを感じます。
 有島武郎は、これから5年後に自殺をするのですが、何か予感めいたものを感じます。 
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