『F・O・U』
2014/07/03(Thu)
 佐藤春夫著 『F・O・U』 を読みました。
 この作品はラフカディオ・ハーンについて調べていたとき、佐藤春夫がラフカディオ・ハーンの作品を翻訳したと書いてあったような気がして開いた本です。
 それに関する記述は一切なかったのですが、佐藤春夫の作風がどんなだったかと、この短編を読んだのでした。
 何かよくわからないままブログに書くほどでもなく放っていたのですが、さきほど東ちづるの『(私)はなぜカウンセリングをうけたのか』という作品について書いていて、この作品のことを思い出し、書きながら考えてみたいと思います。
 「F・O・U」とは狂人のことです。
 石野牧夫という男性。旗亭ラリュウから出て、自分の車の隣にある素晴らしいロオルス・ロイスが目に留まり、乗ってみたくなりそれにのって出かけました。途中駐車したところで小生意気な少年が「君、その車は君のかね」と尋ねるので「なあにおれのではないよ。ラリュウの前に俺の車の横にあったから、俺は乗りたくなって乗ってきたのだよ」「なるほどな。だが、それはどうも、元の持ち主に返したほうがよさそうだね」といわれ「あ!おれもそう思う」と天使のような笑顔を見せて、あわてて走り去り、もとの場所に行くと、警察に捕まり、フランス人で知人はいないかと訪ねられ貴婦人フロオランスの名を答えます。呼び出されたフロオランスは塵まみれの警察署長の机にこっそり「F・O・U」と書きます。
 石野牧夫は精神病院に13日間収容され、退所してフロオランスと同棲し甘い生活を送ります。
 日本にいる妻から、生まれた子どもの写真が送られてきます。フロオランスは写真の子どもがあまりにもかわいいので二人の養子にして育てましょうと提案します。さっそくそのことを書いて日本にいる妻に手紙を送ります。妻には乳母と自分とフロオランスの召使をかねることになると書き送ります。無邪気な彼の手紙は妻を深く傷つけます。
 文無しになってフロオランスに去られてしまった石野牧夫は、彼が画家であることを知ったフェリックスに部屋を提供してもらい絵を描きます。ある日フェリックスが部屋を訪ねると、彼は31枚のフロオランスを書いた絵を残して死んでいました。
 フェリックスは石野牧夫の遺作展を企てます。遺作展の絵を絶賛したサルモンの文章が、パリ・ジョルナル新聞に掲載され、パリに一つのセンセーションを起こす記事が最後にあり話は終わります。
 ここでは石野牧夫は狂人として描かれていますが、前述の東ちづるを呪縛している「しっかり者で、誰からも好かれる優等生」であることから解き放たれた姿とも言えるきがします。
 「ナンバーワンからオンリーワンへ」はこの表裏のようにも思えるのですが・・・。

 うーん?・・・。やはり佐藤春夫の幻想物語と東ちづるの作品とは、もともとコンセプトの違うものだったようでした。
スポンサーサイト
この記事のURL | 未分類 | コメント(0) | TB(0) | ▲ top
<<『寺田寅彦随筆集』第五巻 | メイン | 『(私)はなぜカウンセリングを受けたのか』>>
コメント
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://yamanbachindochu.blog106.fc2.com/tb.php/658-547ee95b

| メイン |