『日本の面影』(2)
2014/07/22(Tue)
 昭和33年初版発行・平成元年16版発行の角川文庫『日本の面影』、ラフカディオ・ハーン著・田代三千稔訳の本は、以下に示すように、ハーンの九つの作品群から数個づつ選んで掲載されています。
 ☆『知られぬ日本の面影』から、「東洋の第一日」・「盆おどり」・「子どもの霊の洞窟―潜戸」・「石の美しさ」・「英語教師  の日記から」・「日本海のほとりにて」・「日本人の微笑」
 ☆『東の国より』から、「夏の日の夢」・「生と死の断片」
 ☆『心』から、「停車場にて」・「門つけ」
 ☆『仏土の落穂』から、「生神」・「人形の墓」
 ☆『異国情趣と回顧』から、「虫の楽師」
 ☆『霊の日本』から、「占の話」・「焼津にて」
 ☆『日本雑録』から、「橋の上」・「漂流」・「乙吉の達磨」
 ☆『骨董』から、「露のひとしずく」・「病理上のこと」・「草ひばり」・
 ☆『怪談』から、「蓬莱」
 どの作品も日本のある時代のある地域を旅しているように感じられ興味をすすられます。
 日本語がほとんどわからないハーンが、英語圏の人たちに向けて発信したものです。それが日本語に翻訳されているのですが、この翻訳者の言葉の選び方や言い回しは、ハーンが日本語を堪能に理解できたとしたら多分に満足すると思えます
 ここでは、「生神」と「露のひとしずく」について記録します。
 「生神」は、百年以上も昔のある海岸の村で、湾を見下ろす小さな台地の端の大きな藁葺き家に住んでいた浜口五兵衛が、村人に津波の来たことを知らせ、村民400人の命を救った話です。彼は、長いあいだ村長をして尊敬されていた人でもあります。10歳の孫息子とふたりでうちにいたある日、下の村で、豊作を祝うお祭りの準備をする様子を眺めていて地震が起こります。それほどの揺れではなかったのですが、だんだんと潮が引いていき、村民はその引いていく波を見るために波打ち際に皆走っていきます。浜口五兵衛は、その引きが普通でないと思い、昔からの言い伝えを思い出しこれから起こる出来事を予測し、孫息子に、刈り取って積み上げたばかりの稲束に松明で火をつけさせます。火をつけた孫息子が恐れて泣き出したので自分で次々と火をつけ、火事を知らせる山寺の釣鐘の音に村民が台地に上がってきますが、火を消そうとするのを止めるので、彼は気が違ったと思われます。しかし、まもなく、台地から見下ろす村々はことごとく波に飲み込まれ流されてしまいます。それからの苦難の時期は長いのですが、村人は彼の恩義に報いるために彼を神様であると言明し、大明神と呼び、神社を建てたという話です。
 ハーンのこの物語によって、「津波」が、英語「Tsunami」との共通語になったのだそうです。彼の作品が英語圏でこれほど広く読まれたということを示した一端と思える一作です。
 そして、「露のひとしずく」。この作品では、書斎の窓の竹格子に震えながらかかっている「露」。この、外界を写した露が魂とよばれる他の小宇宙の象徴であるように見えるとのべ、それゆえ人格、個性を持った人間一人ひとりとおなじで、その振動が生命だと述べていて、仏教の極意を述べているようにも思えます。
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コメント
-  -
こちらに、二三日前にコメントしたと思いましたが反映されていませんね。いえ、「日本の面影」を読んでしまって「明治の・・・」に入りましたと言ったことでした。
最新の記事を見ましてもあかねさんのハ-ンに対する思いなどは私のそれとほとんど同じです。私の感想をその通りを適切に記事にされているという気持ちで私は今はズルして書きませんがいつかは、自分の言葉で何か書いてみたいと思います。
2014/08/01 23:38  | URL | 花てぼ #ZjTFAI5c[ 編集]
- 花てぼさんへ -
 どうして反映されなかったのか・・・残念です。このコメントもコメントをクリックしたら出なくて、左の最近のコメントをクリックしたら出てきました。どうしたのでしょうか?
 読まれるのが早いですね。私はよくわからないところ、辞書を引いたりせずに首をすこし傾げただけで読んでいるのに遅いです。
 ハーンは日本の文化芸術について、たとえ焼けるなどして失っても、また同じものが作れるといったような意味のことを随所に書いていますが、花てぼさんの書も花手ぼさんがご自分の手のひらにそっと息を吹きかけるとすぐにまた同じものが書けるのではないかと思えるような筆の運びでその流麗さにため息が出ます。
 今日夫が皇后陛下お誕生日に際し(平成11年)というのをPCから印字してくれました。昭和12年から22年まで教科書に「生神」が「稲むらの火」と題して載っていたのですが、子供の頃それを読んだことが長く記憶に残り、≪平常の状態が崩れた時の自然の恐ろしさや、対処の可能性が、学校教育の中で具体的におしえられた一つの例として思い出されます。≫と、奥尻島の復興宣言への喜びの言葉として話されたものです。
 花てぼさんの思いもまた読める日を楽しみにしています。
2014/08/02 01:54  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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