『日本の心』(一)
2014/08/01(Fri)
 1990年初版発行・2001年15版発行の講談社学術文庫『日本の心』、小泉八雲著・平川祐弘編を読みました。
 20の小作品があり、翻訳者は編集者を含め6人です。
 それぞれの翻訳者とその作品名は
☆仙北谷晃一 「夏の日の夢」「永遠に女性的なるもの」「赤い婚礼」「阿弥陀寺の比丘尼」「塵」「日本美術に描かれた顔について」
☆平川祐弘 「停車場にて」「戦後に」「ある保守主義者」「君子」「生神様」「人形の墓」「乙吉の達磨さん」
☆河島弘美 「旅の日記から」「コレラの流行期に」「大阪にて」
☆牛村 圭 「虫の演奏家」
☆森 亮 「草ひばり」「焼津にて」
☆遠田勝 「漂流」
 です。
『明治日本の面影』同様、 先に読んだ昭和33年初版発行・平成元年16版発行の角川文庫『日本の面影』、ラフカディオ・ハーン著・田代三千稔訳と重複する作品が半分に近い9作品あります。おなじ作品でも作品の中のどの部分を訳して取り上げているかわかりませんので、やはりすべてゆっくり読みます。
 特に印象的だった「生神様」(前作品では「生神」)から読んでみましたが、前読んだものの前に前書き「一」、「二」としてあります。これが、凄いと思わされました。
まず「一」として、欧米の読者へ向けて神社の建物の説明から始まって、日本人の神社への想いといいますか、神道に対する姿勢といいますか、そのような説明しにくいことを説明するには英語では語彙が少なすぎるといいながらも、意外なことですが、もし自分が神様として祭られる身になったとしたらとの設定をしながら、ものの見事につたえています。
 そして「二」で日本の明治以前の平和が保てていた要因、日本の多くの村にあったある種の法律、正確に言えば法律とまったく同等の力を持っていた倫理について、あるいは産業・宗教などに関する習慣について述べています。日本人が今でも、阪神淡路大震災や東北の震災に次ぐ大津波後の世界中から絶賛された種々の行動様式といえる原型のような説明です。
それから浜口五兵衛が自分の田んぼで収穫できたばかりの稲わらに火をつけて海岸沿いに海を見に出ていた人々を高台にひきつけて村人400人の命を助けるお話が続き、その後、村人は彼の恩義に報いるために彼を神様であると言明し、大明神と呼び、神社を建てたということについて、終わりにも10行ほどお百姓たちのその行動の根拠となる思いについて、友人の日本の哲学者にお百姓が浜口五兵衛の霊魂と生身の肉体がそれぞれ別の場所にいることを理屈のうえで信じることができるのか尋ねたことを書き記しているがそれについての問答については、西洋の「霊魂」に対する考え方がよくわからないため読み返しても私には理解できませんでした。これから、ハーンの作品に触れている間にわかってくるようになることを期待したいとおもいます。
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コメント
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2014/08/01 21:33  | | #[ 編集]
- みどりさんへ -
 表のコメントですみません。
 無事に着いてよかったです。
 久しぶりに郵便局にいったら、以前仕事でかかわったことのある保護者の方にお会いして懐かしく挨拶しました。
 6日には皆さんによろしくお伝えください。
 みどりさんのお誘いはうれしいのですが、東京へ行くと私が新宿の地下道でルンペンをしてでも帰りたくないと言い出すのではないかと夫が行かせてくれません・・・。
 それに東京といえば、昨日たいへんなことが娘の家と我が家でおこりました。娘が子どもをつれてラジオ体操に行っている間に娘婿が家に鍵をかけて東京に出張してしまって、鍵屋さんに来ていただいて窓を壊して鍵を開けてもらってガラスを直して1万いくら取られたのだそうです。その間、私の仕事に行っている間ですが、台風がさらったごとく腹いっぱい朝食を食べていったそうです。
2014/08/02 07:05  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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