『日本人は何を考えてきたのか』
2014/08/08(Fri)
 日曜日の夜録画しておいたNHKの『日本人は何を考えてきたのか』を観ました。
 爆発で痛ましい姿の福島第一原発の映像のあとに「日本人はどこに行くのか」そして、「知の歩みに未来をとくカギがある」と副題らしきものが写しだされてきます。
 昭和のはじめ長引く不況のなか、政党政治は混迷し軍部が胎動してゆきます。満州事変から太平洋戦争へと日本が歩んだ時代多くの人々が理想の世界の実現を宗教に求めたといいます。ここでは、社会に大きな影響を与えた、出口なおと出口王仁三郎が創始した民衆宗教の大本教を取り上げます。
大本教が目指したものは何だったのでしょうか。出口なおのお筆先にかかれたものを見てゆきます。
○モ一ツ世界の大洗濯を致して根本から世を立て直すから世界が一度に動くぞよ
○日本は神道神が構はな行けぬ国であるぞよ 外国は獣類の世 強いもの勝ちの悪魔ばかりの国であるぞよ
○天照皇大神宮殿の岩戸開きには 天之宇受女命殿も御手柄で 其折はありたなれど 誠でないうそでざまいて 岩戸開いたのであるから 嘘はこの世の宝ざと申して世を立てて好きすっぽうの 世の持ち方なれど 日本の遣方は其遣方では続かんぞよ 持放題に世を持ちて 御出たのを影から改めしてありての 二度目の世の立替
 明治25年創始のころの言葉だと思えるのですが、この、日本から見ての欧米への観察が偶然ですが、ラフカディオハーンのそれと同じなのが私にとっては印象的でした。
 番組では彼女が神がかりしてこの言葉を発する状況になるまでの足跡をたどります。彼女の婚家がある京都綾部村では近代化によって機械化が進み、多くの人が職を失い、さらに地方を犠牲にする松方デフレによって自殺者、破産者、精神に異常をきたす人が次々とでて、まともな家は2,3軒しかなくなり貧困の極みにいたります。政治は軍閥のことしか考えない。切羽詰った八方塞の中で、たまりにたまったものが神がかりとなって、大声で神の言葉を発し始めたと解説します。同じような環境に合った人たちの共感を得るのでしょう。信者が集まってゆきます。ここを訪ねた後の王仁三郎は、神道への考えには疑問を持つものの、天皇とすべからくの身分を取り払った一つにした国民という概念、に共感し、出口なおの提言を根底に維新として実践してゆきます。
 このように、大本教は、出口なおの末娘婿の王仁三郎に引き継がれ、常に民衆の声を吸い上げ臨機応変に教理を作り世界平和の理念を打ち立てエスペラント語の提唱までしていくようになり、おおいときで414支部800万人まで信者を増やしていくのです。
 さらに現在の大本教へ至る顛末も紹介されてゆきます。余談ですが、信者の中にはあの秋山真之・海軍機関学校教官の浅野和三郎など海軍幹部あるいは陸軍幹部、国会議員、右翼、までがいるとは知りませんでした。
 貧困・格差社会に財閥・軍閥への疑問、政党政治への失望感の蔓延する今、出口なおのことばを見つめなおす意味があると提言しています。


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