「日本文化の真髄」
2014/08/14(Thu)
 小泉八雲著・平井呈一訳編 『心』 のなかの 「日本文化の真髄」 を読みました。
 岩波文庫 『心』 の15ページから43ページまでの作品です。
 書き出し≪一艦だも失うことなく、一戦にだも敗(ヤブ)るることなく、日本は、中国の勢力を打ちくじいて、新たに朝鮮をおこし、領土を広げて、ここに東洋の全政局面を一変させた。政策の上から見て、これは瞠目すべきことと思われるが、さらに心理的にみると、なおいっそう瞠目すべきことである。≫
 もう一度、日清戦争の経緯を確認すると、イギリスの軍需産業は当時清国にも日本にもその手をおおいに広げていた。清国は、ロシアの脅威から身を守ろうとして大連に上陸した日本軍を追い払うために、イギリスから巨大な戦艦を購入してそれに備えた。明治27年8月1日に清国に宣戦布告をした日本が、28年4月17日には下関で日清講和条約を調印して朝鮮と台湾を実質領有します。
 それをなした日本についての観察から、日本文化の真髄をハーン流に述べ29年3月にはイギリスとアメリカで発信するのですから、「どうして日本がこれほどのことを?」と思っていた世界中の人々にとって研究に値するものであったことはいうまでもありません。
 さてそれほどの驚くべき足跡。彼は、お雇い外国人教師の経験をも踏まえ、≪この国民の頭脳が、よくこれだけの激動に耐えることができた≫ことの謎に迫ります。
 日本人が高々30年足らずのあいだに相当の代価を払って西欧化した分野と、まったく影響を受けなかった分野があります。西欧の工業方面、科学的な医術・科学・顕微鏡学などの天性は生まれつき適応していて伝わってきたものは直感的に理解しそれ以上の技術力を磨くことができます。とくに外科手術に関しては、世界中に日本の外科医ほど優れた外科医はいないと述べています。また、ことに軍事力と政治力ではとりあえず特異な性格を発揮したと述べます。しかし、西欧の芸術研究にはいたずらに時間ばかりを費やしてなんら効果が現れないと指摘します。このような分野については、双方とも古代からさほど変わりがなく、共感できにくいことをまず理解するべきと述べています。
  なぜ理解できないかということを日本の津々浦々を観察することで説明します。まず、西欧で大掛かりな工業設備と組織構造とで製造する製品を日本で製造はしていても、日本の家並みは旧来どおりの西洋人から見たら人間離れした小さな家が並んでいるばかりで、その小さな家並みの中でこれらのものを低コストで迅速に生産することを異様に感じます。地震、津波、火山の噴火、洪水、火事などの災害に対して、一時しのぎの家を建て生活をする。万物流転、諸行無常の仏教観、人生は涯なき旅の一里塚、物に執着はしない。≪日本の国民生活の最も著しい特徴は極度の流動性である≫といい、西欧人は≪自分の依存しなければならない社会機構、または生産機構が、特殊なその要望に添うように人間をつくりなおし、各自に生得の力を棄てさせ≫と、流動性がまったく利かず、がんじがらめといいます。
 西欧人になくて日本人にある特性を、丁寧に、敬意と愛情をもって理解に勤めています。
 それから120年後の今、小さな家や、仏教の影響や災害の多さは変わらないとしても、「各自に生得の力を棄てさせた」当時の西欧人に近づいている今の私たちを見出します。
 

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