『〈時〉をつなぐ言葉』 ラフカディオ・ハーンの 再話文学(1)
2014/08/24(Sun)
 牧野陽子著 『〈時〉をつなぐ言葉』 ラフカディオ・ハーンの 再話文学 を読んでいます。
 ここでは 1章 〈夜〉のなかの〈昼〉―「東洋の土を踏んだ日」「盆踊り」 について記録します。この、1章で、対象になっている作品「東洋の土を踏んだ日」「盆踊り」は、ハーンが来日してすぐのことをかいた作品です。
 当時、西欧の人はほとんどが、西欧文化とキリスト教を絶対的優位におき、日本に対して嫌悪感を抱くことを、その著書に残しているそうですが、ここでは、共感的に日本を描いた人の代表として、エドワード・モースとラフカディオ・ハーンあげ、二人の作品を比較することによってハーンの著作の特徴を浮かび上がらせています。
 大森貝塚の発掘で知られるエドワード・モースは、1877年、1878年、1882年と3回来日し、初めて来日したときの印象を、その著作『日本その日その日』で著しました。≪明治十年に6月17日の夜モースが横浜に上陸した時、「私は叫びたいほどうれしくなって、日本の海岸に飛びあがった」、「「すべてが新しく珍しい景色を眺めたとき、何という歓喜の世界が突然私の前に展開されたことだらう」と述べ、翌朝、早速、横浜の町の見物に出かけて、「日本の街をさまよい歩いた第一印象は、いつまでも消え失せぬだろう。―不思議な建築、極めて清潔な陳列箱にも似た、見慣れぬ開け放しの店、店員たちの礼儀、様々な細かい物品の新奇さ、人々の立てる奇妙な物音、空気を充たす杉と茶の香。我々にとって珍しくないものとては、足下の大地と、暖かい輝かしい陽光くらいであった。ホテルの角には、人力車が数台並んでいて客を待っていた。」モースは人間が引く俥に乗ることを申し訳なく感じて歩き出すが、いざ乗ってみると、車夫の力強い走りに魅了されてしまう。・・・・≫とモースの楽しい作品の紹介がされています。
 モースの13年後に、日本を訪れ、「東洋の土を踏んだ日」に人力車に乗って横浜探訪の一日を描いたハーンの文章は、枠組みも、取り上げる素材も似ています。しかし丁寧に読み込んでいくと、≪そこ展開する景観は、対照的に異なった印象を受ける≫と述べてあることに、合点がいきます
 ≪モースにとって、庶民の風景も、日本の住まいも、すべて、昼間の光に照らされた明るい世界だった。≫一方ハーンは、昼間見たものをとおして、日本のずっと昔から現在に至るまでの、無数の死者の霊魂を感じることにより、遠く遥かな時空へと突き抜けていき、異次元の地平線が幾重にもあけていく美しさがあり、再話文学への予兆が感じられることが述べられていることを、自分なりに確認することができます。
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