「K」 さんの見舞い
2014/08/27(Wed)
  秋月胤永(アキヅキカズヒサ)の所有していたといわれている、扇面に書かれた書を、夫が写真に写し取ってきてくれたので、それを読んで解読していただこうと、Kさんの家を訪ねました。古文書のくずしと、書道のくずしは違うから・・・と、書の解読は敬遠されていたKさんですが、夜、家に灯りがついてなかったりして、元気でいらっしゃるのかなと気になっていましたので訪ねました。いらっしゃらないので、思い切って、仲良くされてる隣のMさんを訪れて尋ねてみました。すると、M さんもKさんのことで胸いっぱいにされていた様子で、入院されたのよと、いろいろ話してくださいました。
 病院にお見舞いに行くかどうか迷いましたが、行ってみました。今、歯の治療中ですのでしばらくお待ちくださいといわれ、治療を終えてお風呂に入ってこられるまで待ちました。その間、「夏になっても裏山登山の途中、下手な歌を見ていただいていた気がするし・・・・。」などと、その間、いつから出会っていないのか考えてみたりしました。
 もともと、やせた方でしたが、すっきりと美しいKさんが車椅子で職員の方に連れてこられた時には本当にうれしく思いました。
 2ヶ月で10キロやせたといわれ、私の手を胸に当てて、やせた体を示されました。
 「何か食べたいものがありますか?」と尋ねると何もほしくないといわれました。「退屈されてますか?」ときくと、「あなたらしい質問ね。」と、いわんばかりににっこりされたので、「読んでいただきたいものがあって」と、「『八重の桜』に出てきた会津藩の秋月胤永という人のもののようです。」といって、彼の詳しい紹介のA4のプリントを4枚差し出しますといきなり、ピシッと背筋を伸ばして、特に彼の漢詩の部分は丁寧に読まれました。書の写真の拡大したものは、それに書き込んでくださいと、お願いをすると、一字一字丁寧になんどかなぞりながら、8割がた書いてくださいました。そして、辞書がないからごめんなさいと、言われました。片付けて、「体重が戻らないと退院なさらないですか」と尋ねると、そうだと頭をコックリとされました。「疲れさせてしまいましたね、看護婦さんをお呼びしましょうか」というとコックリされたので、看護婦さんを呼んで病室にお連れしていただくようお願いしました。最後に「また、読んでいただきに来てもいいですか」と訊ねるとにっこりしてコックリとされたので、「また来ます。」といって別れました。
 運転をして、病院から家に帰る3キロばかりの途中、なぜかすこし涙が出ました。
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