広島の土砂災害について覚書(2)―山に登れば
2014/08/28(Thu)
 私は、大雨ごとに、まずは古くに開発された団地に住む、私の家が土砂災害に遭うと毎日暮らしていたので、あの太田川から大きな段差もなく連なった八木、緑井地区が、洪水ではなく、土砂災害にあったということが、いまだもってわかっているようで何もわかっていない自分に呆然としています。
 災害のあと、裏山のことが気になりながら、こわくて、家に引きこもっていました。
 やっと、25日、26日、27日と裏山に登りました。
 8月になってからは、それまでも、ほとんど雨の降らない日はないといった調子でしたから3回くらいしか登っていませんでした。
 25日は土砂崩れしたところはないか、また崩れそうなところはないか、道路の側溝に水が流れ出ているところはないかを見ながらおっかなびっくりの登山でした。出会う人出会う人が、「しばらく顔を見なかったけど元気だった?」と声をかけてくださいます。皆さん毎日登られていたとは・・・・。
 半分くらいの人が展望台まで登られるのですが、私はいつも、展望台でおち合った方々と3人から7人くらいで、さらに駐車場まで登ります。
 この展望台から駐車場までの間の南へのむけての斜面で幅8メートルくらいが、道路の上10メートルくらいから、道路の下20メートルくらいまで土砂崩れしてえぐられていました。ガードレールの土台部分から道路が崩れ、ガードレールと電線、電話線がぶらさがっています。
 道路は凄い土砂の量だったと思われますが、除去作業のあと大量の雨も降ったのか、すでにきれいになっていて、近寄ってはいけない部分にコーンが置かれています。先ほど私たちに「気をつけてください」と声をかけて車で登っていかれた、山頂のお寺の住職さんはこの道をいかれたのだと思いながら、被災者のいない現場の復興の早さには驚きます。ほとんどの山道が木々に覆われて下界が見えないのですが、すっかり見晴らしがよくなって、山崩れを起こしている山々が少し見渡せます。
 展望台からは、安佐南区のこのたび多くの被災者を出した阿武山に連なる北山の北面の土砂崩れがよく見えます。犠牲者を出さなかったので報道されていないのでしょうが、二つの谷からの土砂崩れが合流して太田川の流れにまで続いています。ここが報道されている交通止めの路線だときづかされます。
 ここからは、安佐北区の西向きの土砂崩れの爪あとが3箇所見えました。それぞれが山の頂から帯状に土砂崩れをおこしていて、急斜面を木や岩を伴って崩れていくスピードが想像できます。
 「山は、青年期、壮年期、老年期とあります。中国山地の山は老年期です。」と中学校の授業での先生の説明を思いだします。「老年期のなれのはてか」と思うばかりです。
 3通りの登山道が展望台で一緒になり、いろんな被災場所の情報が聞けました。そして、意外と、広島県出身の方は割合少なく、昨日27日には、出身地を知っている人だけでも、宮崎県、山口県2人、高知県・奈良県の方々でした。
 いつ崩れるかわからない山裾暮らし。いろんな人とご縁をいただきながら、余生を送っていくのだと感じています。
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コメント
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土砂災害無事で何よりです。私の地区は漁村なので津波ばかり心配していましたが、漁家は前は海で、後ろは崖というところに家を建てています。とても心配です。13日に地区全体の津波避難訓練がありますが、山津波にも警戒するよう話すつもりです。
2014/08/30 12:50  | URL | かわぐちえいこう #-[ 編集]
- えいこうさんへ -
 ご心配ありがとうございます。
 安佐南区の災害報道の山は南北に走る山の東面ですが東西にもずーっと延びていて、南斜面の高いところに巨大な団地が次々並び、私は東から順に二番目の小学校の児童館に春まで勤務していて今春定年退職をして、今年は臨時で月5回くらい勤務しています。ずーっと西にいって、このたび甲子園に行った広陵高校があるといった様に私も名前も知らない団地が次々とあります。団地は自分の宅地を所有しているだけで地主がいないのですぐにハザードマップに乗るのですが、これらの高価な団地もそのために地価が三分の一くらいになったということで、災害のあったところの地主などはハザードマップに警戒区域と乗せることを認めなかったときいています。ですから砂防提の工事ができないのだそうです。それにしてもあの夜は、バケツをひっくり返すような雨の音と、屋根をつんざくようなガチャガチャガチャーンと聞いた事のない大きな雷の音が一晩中していて、これら自然が立てる音のなかで、何事か!と肝をつぶしていたのです。でも明日のこともあるからと、やっと寝付いたときの土砂災害です。本当にお気の毒でした。
 エイコウさんのほうも、合併の条件に、砂防提や乗り面改修工事などの先行を村が要求しておいたのではないかと思えるような立派な載り面を以前読ませていただいたような気がするのですが・・・。
 
2014/08/30 18:22  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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遅ればせながら、この度は考えられないような災害、まことにおきのどくなことでした。「広島」「広島」と聞くたびにあかねさまご夫妻のことを思いましたが、お見舞いをすることをしなかったことを恥じています。
志村様の?でしょうか「オペラ・神風」のDVDを借りていて(明日国会散歩でお返ししようとまだ手元にあるのですが)それを入れてある封筒に、あかねさまの住所が書いてあるのを見て、びっくりしています。全くその場所ではありませんか。さぞかしご心配、不安な日々でありましたことでしょう。
幸いなことに、この後のあかねさまのブログでご自身がたには直接的被害はなかったとのこと本当によろしゅうございました。それでも被害に遭われた方々のことを思うと心はお痛みのことと推察いたします。あらためましてお見舞い申し上げます。
2014/09/02 22:38  | URL | 花てぼ #ZjTFAI5c[ 編集]
- 花てぼさんへ -
 お見舞いありがとうございます。「明日はわが身か」と思う部分があることを、住民みんなが心に刻んでいる毎日です。日常的にかかわりがあって、お互いの生活状況を知り合っている人でないと、なかなか声掛けができないものなのかな、などとお互い気づいて、定期的に集まることなども話し合っているところです。今日は大雨です。雨水の流れを家の周りなどで観察しています。
2014/09/04 11:27  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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