『〈時〉をつなぐ言葉』 ラフカディオ・ハーンの 再話文学 (2)
2014/08/30(Sat)
 牧野陽子著 『〈時〉をつなぐ言葉』 ラフカディオ・ハーンの 再話文学 やっと第二章の民話を語る母 ―『ユーマ』 までを読んでいます。
 ここでは、先の第一章に引きつづいて、第二章 民話を語る母 ―『ユーマ』 について記録します。第一章ではテーマの「〈夜〉のなかの〈昼〉」ということについて十分咀嚼して記録することができませんでした。少ない読書体験に、いきなり、ハーンの作品を特徴付けるエドワード・モースの作品の引用が提示されたために、すっかり興味がこの方にいき、ハーンの昼間の出来事が、夜の深遠な思索の中に包括されているといったことへの丁寧な考察がなされているにもかかわらず、そこらをしっかり捕らえられなかったという読みの甘さが災いしてしまい反省です。
 第二章の民話を語る母 ―『ユーマ』 の『ユーマ』とは来日より前にかかれたハーンの小説です。西インド諸島、フランス領のマルティニークで、白人のマイヨットの、乳母の混血の女奴隷の名前がそのまま題名になっています。マイヨットの母親はマイヨットを乳母のユーマに託して彼女が小さいときに亡くなります。乳母として献身的に尽くすユーマが、奴隷解放を主張する黒人奴隷青年との恋と、自らの義務感との板挟みとなり、奴隷の暴動に巻き込まれて白人の主人一家とともに焼け死ぬまでの物語です。
 この作品の中で、マイヨットが不安な気持ちでいるときに、ユーマはいつでも民話を語って聞かせます。白人の子どもを預かる乳母は誰でもお話し上手で、子どもの抱く不安を受け止め、鎮め宥めていきます。聞かせるお話の中でも、奴隷たちの中で語り継がれたアフリカの民話が、フランス領のマルティニークの風物や人情と混在する中で、クレオールの民話として語られたとして、クレオール文化についても語られています。
 各地に伝わる民話、また違った自然や風物や文化の中でこの民話が語られ混在してゆくことで、その民話が磨かれ普遍化させてゆくという文学の領域をなぞり、開示していきます。ハーンは、さらに日本での再話文学の中でこれらの領域を花開かせていったと論が進められていきます。
 ≪再話すなわち“語りなおすこと”を媒介として、日本と西洋という異なる文化が混交し、新たな想像力の世界を生み出していく。その一方で、再話による変容の過程は、そうした文化の違いや時代の違いをも包摂し、超越する普遍的な構造を物語の核として浮かび上がらせていくことにもなる≫と結論づけられています。
 『ユーマ』のほかにハーンの小説として、『チータ』、『アルプスの少女ハイジ』・『秘密の花園』もとりあげ、異なる文化の混交しによって、人間性を回復する例をあげての解説でした。
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