『たけくらべ・山椒大夫』(2)
2014/09/01(Mon)
 講談社の少年少女日本文学館1 『たけくらべ・山椒大夫』 の中に収録されている小泉八雲著・平井呈一訳 「耳なし芳一」・「むじな」・「雪おんな」をの記録をもう一つ、巻末の前田愛による解説の書き写しです。
 ≪明治23年(1890年)に日本を訪れ、松江、熊本、神戸、東京と住まいを移しながら、明治37年54歳でなくなったラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、おそらくこの日本の文学者の誰よりも、明治の魂のいちばん奥ぶかい処に触れることができた人です。ハーンが日本について書いた本は『知られざる日本の面影』にはじまって、『東の国から』『心』『神国日本』というように、十数冊に及んでいますが、今でもよく読まれているのは、『骨董』『怪談』などにおさめられている怪異の物語です。ここに選ばれた『耳なし芳一のはなし』『むじな』『雪おんな』の三篇は、『怪談』からとられたものですが、どれもたいへんよく知られている物語で、目にみえるものの向こう側にある世界の実在をかたく信じていtハーンの繊細な心のうごきが読みとれる名品といえるでしょう。これらの物語をハーンに語ってきかせた夫人のセツは「耳なし芳一」を書いていたときのハーンの姿を次のように書いています。「日が暮れてもランプをつけていません。私はふすまを開けないで次の間から、小さい声で、芳一芳一と呼んで見ました。『はい、私は盲目です、あなたはどなたでございますか』と内からいって、それで黙っているのでございます」(『思い出の記』)。
 こうした向こう側の世界から文明開化の世界を見つめかえしていたハーンの存在は、明治という時代が、ふつう考えられている以上に懐の深い奥行きをもっていたことを私たちに教えてくれるのです。≫
 
 余談ですが、≪明治という時代が、ふつう考えられている以上に懐の深い奥行きをもっていたことを私たちに教えてくれるのです。≫について、最近、Y先生から聞いた話を思いました。Y先生は大学を定年退職してから、大連の大学で教鞭を取るため中国にわたられました。反日感情が強いだろうと覚悟していかれたのに、大連の人たちは日本人をたいへん尊敬していて大切に思っていてくださるのだそうです。戦時中、大連にわたった人々の多くが当時の共産主義者で、本国を追われるように大連に亡命した人たちだったからだそうです。戦時中、あの時代のこういったエピソードも懐の深さを伺い知れる一つのエピソードではないかと思った次第です。
スポンサーサイト
この記事のURL | 未分類 | コメント(0) | TB(0) | ▲ top
<<『〈時〉をつなぐ言葉』 ラフカディオ・ハーンの 再話文学 (3) | メイン | 『たけくらべ・山椒大夫』(1)>>
コメント
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://yamanbachindochu.blog106.fc2.com/tb.php/684-e87a1bfb

| メイン |