『<時>をつなぐ言葉』ラフカディオ・ハーンの再話文学(7)
2014/10/02(Thu)
 牧野陽子著 『<時>をつなぐ言葉』ラフカディオ・ハーンの再話文学の第七章 聖なる樹々―「青柳物語」「十六桜」 を読みました。そのまとめ、№2です。
 3 「十六桜」―樹下の切腹
   ・ 十六桜
   ・ 原話「十六日櫻」
   ・ 樹下の切腹
   ・ 樹木への転生の物語
   ・ アンデルセン「柳の樹の下で」
 4 樹々の原風景
   ・ 熱帯の樹々
   ・ 「ゴシックの恐怖」
   ・ 「年老いた樫の木の最期の夢」
   ・ 世紀末の幻想
   ・ 正岡子規と「十六桜」

 ≪「十六桜」は、枯れた桜の樹を自らの命を絶つことで救い、再び花を咲かせた老武士の話である。きわめて短いものなので、次に全文を引く。≫と平川祐弘の訳文で、冒頭の≪うそのよな十六桜咲きにけり≫のエピグラフで始まっています。
 原話は≪実(ゲ)に草木さへも心ありてその情に感ぜしならん≫という花を見たいと願う人の気持ちに応える日本各地に古くからある話のひとつが明治34年2月の『文藝倶楽部』に掲載された「諸国奇談」のひとつです。
 ところが、ハーンの作品では、侍が桜の老樹の下で切腹します。当時西洋人読者に強いインパクトを与えていた切腹ということを、ここでは、老樹の身代わりとしての切腹との意味付けをし、しかも老武士は霊となり、何百年も自分の祖先を見守り、楽しませてきた樹木の霊に乗り移ることをあらわしていると分析しています。
 これら、樹木の霊に関する作品を計画していたころ、アンデルセンを読み直し、「大きな空想力、素朴な魔術、驚くべき圧縮力」と感嘆し、それに学びたいと思っていたことを表明しているということです。この短い作品は、まったくの起承転結の見本といっていい組み立てのなかに、切腹という衝撃的な行為を粛々と執り行うことで、老樹と老武士の霊を呼応させ、あとに寒の日に咲き誇る美しい桜の花々を連想させます。
 ハーンは、日本に来るまでに、ギリシャや、スコットランド、フランス、アメリカ、西インド諸島と様々な地域に身をおいてきていますが、それらの国々にはなかったもの、日本の国に来て、癒され、安らげ、惹かれていったものについて、ハーンの嫌い恐れた、南国の、くねくねと高く伸びた樹木や、ゴシックとの比較において≪西インド諸島の熱帯で森で心理的な呪縛の実体を自覚し、そして来日後、自然の万物に霊魂が宿るとする日本古来の精神風土や様々な民俗、伝説に現れる日本人の樹木観そのものに感じ入り共感することで、ハーンは素直に樹々の世界に打ち解けることが可能になった≫と説明されています。
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