『銃口』上下
2014/10/26(Sun)
 三浦綾子著 『銃口』上下 を読みました。 
 みどりさんに送っていただいた書籍の中の一冊です。この作品に馴染みのある方は多いのではないかと思いますが、わたしはこの度初めて手にいたしました。
 『銃口』という題名はなんとなく重苦しい感じがいたします。ところが読み始めますと、上巻のほとんど終わりの頃までが、純朴で弟よりもお化けが怖い小学3年生の男の子竜太が、4年生から受け持ちになった立派な坂部先生に憧れて教師になるまでのすこやかな成長物語です。小学3年生の時が大正天皇崩御で昭和になるのですが、やっと上巻が最後部になって、赤化思想家として突然旭川警察署員に連行されて行くということになり、物語が動き始めます。
 昭和16年1月9日のことです。その年の8月21日釈放されますが、留置場で無理やり教師の辞表を書かされていたため教職にもつけず、ほかな職に就いても保護観察中ということで続けられず、改めて婚約していた同級生の芳子と満州に行って二人共教職に就く段取りをした矢先、昭和17年2月13日、7師団に入隊することになります。
 教職に就くと入隊は免除され入隊しても伍長になるのですが、辞職をさせられていたので2等兵として入隊。しかし、内務班で戦友としてあたえられた、人間性溢れる近堂1等兵に支えられ3ヶ月で1等兵に昇格、満州の安陽では人事係でしたが、虫垂炎のため入院している間に変わってきた部隊の酒保係になるため上等兵になり18年11月ころ山田軍曹と二人での任務となります。
 昭和20年8月9日未明20人で留守を預かっているときソ連軍が越境してきます。焼夷弾の炸裂によって食料倉庫、酒保倉庫も火災にあい、とどまる意味合いもなくなり、敗戦を予期し、とにかくだれもが生き延びることを考えていた山田軍曹の考えで逃避行が始まります。途中考えの違いから、仲間は別れて、最後は山田軍曹と二人になってしまいます。そして、ついに、8月14日には抗日義勇軍に捕まってしまいます。しかし、その抗日義勇軍の指揮官が、以前旭川にいたとき炭鉱から逃亡して、隆太の父に20日間家に匿ってもらって一命を救われた金俊明でした。彼に助けられて、翌日15日戦争が終わり、日本が無条件降伏したことを知らされます。軍服を国民服に着替えさせてくれたり、国民服を作業着に着替えさせてくれたりして、羅津という港に漁船を持っているという彼の叔父さんのところまで、送ってくれ、漁船に乗せてもらい無事二人共下関港に到着できます。一発で何万人も殺す爆弾にやられた山田軍曹の郷里である広島で彼とも別れ、旭川に何日かして帰郷し、10月に芳子と質素ではあるが結婚もでき教職に復職します。
 1989年2月24日昭和天皇大葬の日に教え子に招待されて東京に出てきたところで物語は終わります。
 この、作品では、北海道の綴り方事件によって、80人にも登る熱心な教師が赤化思想があるとみなされ冤罪になったことが取り上げられています。読み終わって、先日読んだ、『義人の最期-明治維新と広島藩の騒擾』の冤罪ということに思いが行きました。
 「そんな人ではない。または、こんなことをする人ではない。」ということを証明するには、やはり彼の子供時代からのことを語らなければ、説明つかないことがあるため、上巻のながい物語があったことが後になって理解できました。
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コメント
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 よく読了なさいましたね。
読後感、ありがとうございます。此方を読んだだけでもあら筋を理解できます。
私は上巻の長さに辟易し、正直のところ飛ばし読みしてしまいました。下巻から昭和天皇の大葬の際までは、自分自身が関わらずも、私はこの時代を生きていたのだという思いに捉われました。因みに彼が釈放された前年の12月に生まれた私なのです。
昭和13、14、15年と食糧は国家により統制され、私の飲むミルクは横浜の何処にも売られていなかったそうです。尤も高い金額を出せる人や軍部と繋がっていた方々は何処かで買うことが出来たようですが、私は重湯だけで命をつなぎ、53才で亡くなった兄が買い出しの為に奔走してくれたと聞きました。
其れでも此のように長生きできた訳なのですが、あの時代の理不尽さを聞かされながら育ちました。
 遙かの時代の様な錯覚がありますが、たかだか100年の中の日本であり、それを忘れて戦争出来る国にしようとは!知ることが、やはり如何に大切なのかと思いますね。
2014/10/26 10:43  | URL | みどり #-[ 編集]
- みどりさんへ -
 体験されているとは思えない部分についての情報提供者の実名が、あとがきにそれぞれ書かれていて、真実味を感じました。冤罪について、そして子供たちへの思い、少し前に話題になった慰安婦の問題、満州にわたった方々の事情など、退職する前だと気づかなかっただろうと思える部分がありました。退職後多くの人にすこしづつ学んだような気がします。すこしでもみどりさんに近づけることができたらと願っています。
2014/10/26 13:56  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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