『麒麟の翼』
2014/11/08(Sat)
 東野圭吾原作、土井裕泰監督のこの作品をテレビで見るのは2度目です。
 昨年の暮れにも放映されていて、ブログに記録をしておりましたので、再度それを掲載致します。
  

 1月3日(金)落日4時10分
 山に囲まれて住んでいます。向かいの螺山への今日の落日は4時10分でした。
 夏場には夕日がこの山をそれるのでずっとずっと遅くなり西日に悩まされるのですが。

 年末、録画しておいた東野圭吾原作『麒麟の翼』を見たのをすこし期間が過ぎましたが記録します。
 この作品は、今のわたしと同じ職場の方の弟の土井裕泰氏が監督をされているので興味があって録画しました。
 『キリンの翼』は、中学生の水泳部の少年が数人の上級生に競泳大会のあとプールでしごかれて意識不明になり、そのまま植物人間になる事件がもとにあるミステリーです。その事実を顧問の教師が子どもたちの将来を考えて隠蔽します。3年が過ぎてそのことに起因する事件がおこり、事実が明らかにされるのです。
 わざわざこの映画の録画を記録に残すのは、以前私の地域で起こった事件を思い出さずにはいられないからです。
 以前、私の娘が中学3年生のとき、娘の友人の小学校4年生の弟さんが友達と三人で魚釣りに出かけて、数人で遊びに来ていた中学生の男の子に溺れさせられて亡くなるという事件がありました。その事実を警察が隠蔽して本人の過失として処理しました。溺れさせられたと確定するまでには長い年月がかかりました。私たち夫婦は事件のあと亡くなった子のご両親からいろいろ相談を受けました。そして、その事件に起因したとは思っていないのですが、不思議なことに亡くなった子と一緒に釣に行っていた友達も二十歳のとき交通事故で亡くなりました。
 事件から十三年後に出版された黒沼克史著『少年にわが子を殺された親たち』というこの事件をつづった本を両親からいただきました。『麒麟の翼』の録画を見て、その本をまた読み返しました。映像で訴えかけられた事件を見たせいか、本にでてくる事件の起こった場所や何度も通われた警察署や中学校もおなじ地域のことなので目に浮かびます。以後の両親のどうしようもない苦しみや悲しみや悔しさが胸にあふれて涙が流れました。この事件は、両親が長い長い裁判をやってとうとう刑事でも民事でも勝訴となりましたが、この裁判をやりとおすことでずいぶん世間から冷たい目で見られてしまいました。『麒麟の翼』では、捜査中、植物人間になった少年の母親に刑事がそのとき学校を訴えようとはしなかったのですかと聞く場面があります。母親はこの子が一人で溺れて死んでいたと聞かされましたから。それにこの子は自分のせいで競技が失格になったことに強く責任を感じていましたから・・・といいました。
 ほかの国のことはわかりませんが、とりあえず日本での少年犯罪は警察でも学校でも加害者、被害者そうほうの家族に事実を隠蔽するという傾向があるのでしょうか。
 少年犯罪は民事では親が責任をとることになりますので、誰も人の親、自分の子どもが過ちを犯してしまうかもしれないという思いから、あるいはあったことは仕方がない罪をおかした子どもの立ち直りをサポートしようという思いからこうなるのでしょうか。
 『麒麟の翼』は、きっちり罪を償わせるということで子どもを立ちなおさせることが子どもの教育であると断言する作品でした。
 

 ※ 《少年犯罪は民事では親が責任をとることになりますので、誰も人の親、自分の子どもが過ちを犯してしまうかもしれないという思いから、あるいはあったことは仕方がない罪をおかした子どもの立ち直りをサポートしようという思いからこうなるのでしょうか。》の部分について、この感想を書いて以後ラフカディオ・ハーンについて勉強し始めたからでしょうか、世界中でも珍しいという日本人の特性「罪を憎んで人を憎まず」という考え方が影響しているのではないかということにも思いがいたりました。

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コメント
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 たしかに以前にも読ませて頂きました。
少年犯罪の多発には、家庭に問題があるだけに終わらない、教育現場での教育や教師の有り方が根底に深く陰を落としていると思われます。
哀しく切ないような死を前に、本当の原因さえ知らずに終わることの無念さは他人の私ですら、涙が零れます。
このテレビは見ませんでしたが、最近新聞の読者相談で読んだ事件も辛い話でした。中学3年生で学校で何かと問題ありとされている女子中学生が、さぼって公園で遊んでいる所へ担任でしょうか、先生が来て注意したところ、其の子が飲んでいたらしいジュースを浴びせ足蹴りにした由。家庭には父はいません。離婚後の生活は厳しく、母親は其の子とゆっくり話し合う時が持てなかったようです。
その時の先生が警察に連絡し、以降その子は警察に拘置されたままで、母親がどうしたらいいのか解らず、紙上相談に到ったようでした。
 深山家のご夫妻、とりわけ霞様が相談に乗っていたら・・・と思いました。
最近多くなった、手にあまる子は警察に任せると言う学校側の安易さに、先生の包容力の低さが思いやられました。
応えは弁護士に相談して、母親が子の気持ちに寄添い、一日も早い拘置を解くこととありましたが、やりきれない気持ちでした。
 ここに記載された事件や映像とは直接的には関係ないことを記しましたが、親にすら見捨てられているような子どもたちを見聞きする度、自分が精神カウンセラーの資格をもっていないことを悔います。若い時に通信教育でも受けて、もっと人の役に立つ生き方を選びたかった等と、今更の思いがつのります。
 お子様を抱えながら、学びきったあかね様と其れを支えた霞様の生き方に深く感銘を受けております。
今はブログ等で、信頼おける方々のご意見を伺いながら、私も子供たちへの接し方を学んで行こうと考えています。
自分の子と言うことではなく、広い意味においての子どもの権利、人権に対してのことなのですが。
2014/11/09 10:24  | URL | みどり #-[ 編集]
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とても人様の相談に乗れるようなことはできませんが、もし自分だったらと思うとき、自分だったらそこまで頑張れないとすぐに矛先を収めてしまうのですが、そうでない人が頑張っているのを見るとどうしてそこまで頑張れるんだろうと知りたくなるのかもしれません。昨日も頑張っている友達に誘われて例会に参加致しましたが、東京・岩手・韓国など飛び回って活動している人の報告を3時間もきくとなんだか引いてしまいました。
 「みどりさんの信頼おける方のご意見を伺いながら」という人にはなかなか出会えないというのが・・・・。
2014/11/10 11:33  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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