『日向神話 1300年の旅』天孫降臨から神武東征へ 
2014/11/26(Wed)
  2014年6月発刊 鉱脈社発行 池田雅之・北郷泰道編著 『日向神話 1300年の旅』天孫降臨から神武東征へ を読みました。
 この書は、2012年9月に『古事記』編纂1300年を記念し、早稲田大学エクステンションセンターにおいて、講座「日向神話ゆかりの地・宮崎を旅する」(全5回)が開催され、その時の五名の講師による講義に加筆訂正をされたものがまとめられているということです。
 「日向神話を読む」北方的なものと南方的なるもの・・・三浦佑之
 日向神話全体を概観しながら、ということで始まる講演には資料が12枚あるとのことで、まず「古事記」と「日本書紀」の構成対照表があります。これは便利で重宝です。そして、日本の神話を垂直型、水平型に大別して説明されています。垂直型とは天孫降臨のように、高天原から地上、黄泉の国という世界観のことです。水平型というのは根之堅洲国(ねのかたすのくに)、常世の国、ワタツミなど、近い海のかなた、あるいは海の彼方のユートピア、あるいは、海神の国という世界観のことです。これらの神話は、世界の他の地方にも多くあって、垂直型は北方系、水平型は南方系から伝わってきたことが説明されています。
「『古事記』の中の古代日向」―日向神話の考古学・・・北郷泰道
 古代日向神話を、西都原古墳群、生目古墳群、の発掘調査資料などによって、考古学的に読んでいくというお話です。講師は、日向の出身ですので、『古事記』・『日本書記』・の天孫降臨の地の日向神話を考古学的に立証したいという思いから研究を始められたようです。有吉忠一宮崎県知事の発案による大正十年の西都原古墳の発掘調査、のメンバー写真に小泉八雲の講義ノートで関心のある黒板勝美氏がおられ、ちょうど黒板ノートの話をきいたあとだったので古墳調査はとても印象に残りました。しかし、その時の調査では畿内の古墳より100年くらい遅いものであろうと結論付けられたようですが、最近では、同じ時代のものであるところまで研究が進んだようです。それによって、4世紀に多く作られた100メートルを越す前方後円墳の中心地が日向であり景行天皇や仁徳天皇の妃となった御刀媛(みかしひめ)、髪長媛でありその前後の古墳のありようから、これらの婚姻と天孫降臨を関連付けられないかということでした。
「日向から大和へ」―神武天皇東征神話の謎を読み解く・・・池田雅之
 日向・熊野・大和と東征をしていき天皇制の誕生を見る、カムヤマトイワレビコ(神武天皇)諱(いみな・実名)はヒコホホデミ(彦火火出見)、『古事記』では別名ワカミケヌノノミコト(若御毛沼命)の物語の話の解説です。神武天皇に、あと三つの名前があるので、これを整理していただいただけでかなり頭がすっきりして、稲作を推し進めて行ったであろう東征のお話を楽しむことができます。
 「神話と神楽」近世後期の転換点の意味・・・永松 敦
 時々毎朝の福王寺への登山で一緒になるAさんは熊本県人吉市の出身で、この章で語られる椎葉神楽にも親しんでこられた方です。そんなお話ができたのもこの章を読んだからでした。江戸時代半ばまで一部の僧侶・神職以外読まれていなかった『古事記』を本居宣長が『古事記伝』を完成させることによって印刷物が出回り広く読まれるようになったことがさらに国学をさかんにし、古事記世界が広まっていったようすがうかがえました。
「暮らしの中に生きる神話」「和(なごみ)」の国の人生観・・・後藤俊彦
 日本建国の成就の要因として、仲睦まじく生きていくという家族国家を理想として掲げたこと、国家戦略として稲作技術を持っていたこと、あらゆる宗教を認めそれぞれの氏神を認めたことをあげ、「天災は忘れたころにやってくる」「国難は時を選ばず」と世界でも一番災害の多い国であるからこそ、よるべき核、お互いへの信頼を大切に、あらゆる国、あらゆる宗教あらゆる先哲に学ぶことを教えられたと感じるお話でした。
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2014/12/01 11:31  | | #[ 編集]
- みどりさんへ -
 みどりさん、まちがいの指摘ありがとうございました。早速訂正いたしました。たしかに、この本は最初わけがわかりませんでした。わからないまま読み進んでいくうち少しずつわかるようになり、最後には神道にすっかり洗脳されてしまいました。そして、ちんぷんかんぷんだった最初のほうを読み返して全体わかってきたような気分になっているのです。
 この本と平行して、牧野洋子さんのまとまられた、数人の外国人が神道を西欧にどのように紹介しているかというレポートを読む機会がありました。神社は日本国中どんな田舎に行ってもありますが、その、祠に続く木々におおわれた参道が、経典や聖書といったものもなく、偶像もなく、ひたすら無につながる神聖な空間であるといったようなことを書かれてあるものがあり、なぜか心を打たれました。
2014/12/01 22:05  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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