年末に思った風呂先生のこと
2014/12/10(Wed)
 今日は、10時からお客さんがこられるというので、山登りは中止しました。
昨晩、客室(仏間)と、トイレあたりは掃除をしておきました。今朝は、いつもどおり小さな家の、家中の拭き掃除をして、居間を片付け、そうじ機をかけて、パソコンに向かいました。
 片付けたのは、5月からお世話になっている「広島ラフカディオ・ハーンの会」でいただいたたくさんの資料です。5月に、たくさんの資料をいただいたとき、整理のやり方を決めたのですが、不都合なので、やり変えました。書くのは簡単ですが、散らかりまくっていました。
 昨日、九品寺という自治会の何かの会から依頼された工作の世話役の準備の目途がつきました。実はこれが私にとっては大変で、いままで児童館勤務では、役所の出入りの業者が、新製品のカタログや、商品を届けてくれていたことがどれほど仕事を助けてくれていたか、また児童館では、十分に買っておいても毎月の工作で使うのでいいのですが、下準備をしながら、何度も買い物に出かける要領の悪さです。
 そんなこんなで、近所の病気の方のいつもの訪問も、読書や勉強もそっちのけの毎日でした。
 5月からの資料の片づけをやりながら、ふっと気がつきました。事務局とみづからを呼ばれているハーンの会の風呂先生のことです。
 私は、物心ついてから、ずっと自分の母親がとても美しくて、近所のおばさんはそうではないと思っていました。そして、料理はいつもきれいに洗って、きれいなものを食べさせてくれ家もきれいに拭き掃除されてきれいな家だと思っていました。小学校に入ると、受け持ちの池亀先生が学校中で一番美しくて、一番賢いと思っていました。池亀先生のクラスでない子供たちをかわいそうだと思っていました。すこし大きくなって見ると、母はふつうの農婦であり、家も建て替えなければいけないほどのふつうのぼろ家で、・・・・。とわかってきました。
今の私は、風呂先生に小さいころの母や池亀先生に抱いていたような感情をいだいていることに気がつきました。資料の一枚一枚が大切な宝物のように思えてきます。
 じつは、予約がびっしりでずっと後の12月24日に胃カメラを飲む予約をしています。ピロリ菌の検査は陰性でした。どうも予習ができないでいたことが原因だったのかもしれません。いまは、どうして胃の検査をしようと思ったかと思うほど胃が痛くありません。思い起こせば、中学校を卒業と同時に三次に下宿し、しばらくして、吐血と血便で、貧血になりました。病院にいくとすぐ入院するよういわれ、「こんなに元気なのに入院しないと治せないなんて藪医者だこと」と、病院に行かなくなりました。2年生の一学期、修学旅行のための検診で強制的に40日も入院させられてしまうはめになりましたが結局結婚するまで治りませんでした。今思うと、胃痛は、いただいた資料が読めないことが原因だったと納得できます。
スポンサーサイト
この記事のURL | 未分類 | コメント(0) | TB(0) | ▲ top
<<「広島ラフカディオ・ハーンの会」忘年会覚書 | メイン | 第172回 「広島ラフカディオ・ハーンの会」参加記録>>
コメント
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://yamanbachindochu.blog106.fc2.com/tb.php/719-d4a28608

| メイン |