『無意識の構造』 (1)
2014/12/16(Tue)
昭和52年 中公新書発行の河合隼雄著 『無意識の構造』 を読みました。
11月の「広島ラフカディオ・ハーンの会」に出席して、作品「草ひばり」のなかで使用されている、“organic memory”について学習したとき、風呂先生から、本書『無意識の構造』の紹介を受け、夫が購入したのを読ませてもらいました。
 いままで河合隼雄の本は、内容は何一つ思い出せませんが、村上春樹との対談集を最後に、何冊か読んだ記憶があります。
 今回の読書は以前のように読み流すことなく、一昨日の午後から、昨日にかけて集中して読み、強く手ごたえを感じました。
著者が学んだユング学派が検証している心理学の核心を明らかに示した書物でしたが、実感を伴って読むことができました。実感といっても、自分が神経症や分裂症を患っていないし、その経験もありません。経験はありませんが、無意識の存在によって起こってくる事象の裏にあるものが明確になってくるのです。そして自我とか、自己ということについて思いをめぐらすことができるのです。
 体の中のある臓器の存在がわかるのは、体のなかでそのある臓器による働きが停止したときにかかる病気の患者について研究していてのことだということにきづかされます。無意識も、意識されていないものですから、その存在がわかりません。しかし、神経症や分裂症を患っている人を研究しているうちに、自己のなかには、自我と、自覚されていない無意識なる心的状態が存在することが明らかになってきます。
 説明の最初に、突然耳が聞こえなくなった女性の例が挙げられています。
偶然ですが、昨日の午前中一緒に裏山の福王寺に登った奥様から、以前、御主人が病気になられ退院して帰ってしばらくしたある朝突然、頭にきのこをかぶったようにぼわーっとした感覚がおこり耳が聞こえなくなったという話をききました。耳鼻科に受診し、いただいた薬を飲んでいて、娘の職場に何度も電話をするので娘さんが異変に気づき、耳鼻科に連絡をとると医師があわてて駆けつけてきて、治療をうけ、気がついたら、5日くらい記憶喪失にかかっていたことが判明したという話を聞いたばかりでした。そのほか今年になって、心因によって突然、難聴になって通院しているという話を二人から聞いています。おそらく、私が難聴の断りをするので老化による難聴も含めてこんな情報が多いのでしょう。
裏山に一緒に上った奥様は完治されているのですが、あとのお二人のお一方から、昨日読んでいる途中で、御主人が亡くなられたと喪中欠礼のはがきが届きました。定年退職を迎えた今春、祝いを書留で送ってくださったお礼に夫婦で伺ったとき、奥様は床の中で難聴の治療中だと話され、彫刻家の御主人は、別棟のアトリエで仕事をされているとの事で邪魔になってはと挨拶もしないまま、反対にたくさんの物をいただいて帰りました。この本がいま私に示唆してくれるものが、彼女にとって大きな恩恵となりますように祈らずにいられません。
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