『無意識の構造』 (3)
2014/12/18(Thu)
 男性の四段階の発達段階には、力の段階、行為の段階、言葉の段階、意味の段階があり、ゲーテの『ファウスト』では、Logos(※ 私はプロテスタントの牧師からよく聞いていた言葉ですが「はじめに言葉(Logos)ありき」のことです)の含む内容としてこの4つの発達段階を段階としないでパラレルに取り上げられているとのべ、『無意識の構造』(2)のアニマでは省略したエロスの原理にたいして、ロゴスの原理と分類しています。
 この書では、このような原理などの記述があり、もっと具体的にとのぞむところですが、いぜん読んだ彼の著作が、目から鱗とならなかったのは、このあたりの基本がわかっていなかったのだと気づかされます。しかし、この本でも、基本について、彼のほかの著作に述べてあるところは新書紙面の関係でその著作を紹介して、省いてあると思えるところが数あります。
 力の段階は、
 《男性の力強さ、とくに肉体的な強さを表すもので、「低いアニムス」とでも言うべき存在である。聖女のような生き方をしている女性でも、分析を始めると、このようなアニムス像が夢に出現して驚くものである。聖女といえども人間であるかぎり、自分が肉体というものをそなえた存在であることを自覚するのはいいことである。》
 このあたりの説明は、著者が男性であることによる身勝手な解説と思いがちですが、この低俗と思えるアニムスをも持っていない女性がおちいるパニックのことを思うとこの解釈も大切で、ほかの段階とパラレルなことだと理解できます。
 行為の段階は、
 《強い意志に支えられた、勇ましい行為の担い手としての男性像によって表される、なんとも「頼もしい」男である。男の場合、アニマの問題が退行した状態で生じるときは、エロチックな空想として現れることが多いが、女性の場合は、エロチックな空想としてよりは、頼もしい男性の出現による未来の人生の展開などという。願望に満ちた考えとして生じてくる。もっとも、そのようなアニムス像を自分の相手として考えるのではなく、女性がその段階にアニムスにとりつかれてしまうと、彼女は積極的で行動的になり、自分の女性性を無視してしまう。このようなとき、彼女の性愛は積極的で、攻撃的にさえなり、人格の全体と遊離して、性愛がそれ自体として機能する。―つまり男性の性愛のパターンに近くなるのである。このような女性の相手としては、アニマにとりつかれてなよなよした男性が選ばれる。人間関係はいろいろな点で相補的にはたらいているものである。》
 言葉、意味の段階は、現代の女性にとって、大きい意味をもつとのべられています。
 《このようなアニムス像は、彼女たちの師としての男性に投影されることが多い。学者とか教授とか言われる人、あるいは彼女たちの稽古ごとの師が、アニムス像の投影をうける。このようなアニムスの投影のひきもどしを行い、アニムスを内在化させることは、女性にとってなかなか困難な仕事である。》なぜ困難であるかの説明と、うまくいかなかったときに起きるであろう問題も書かれてあります。はしょっての記述ですが、この書が38年位前の解説であることを考慮すれば、今起こっている、社会・政治・教育などの問題もそれなりに行間から想像できるような気がしてくるのが不思議でした。
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コメント
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 解説ありがとうございました。
1)と2)の記事からはアニマとアニムスのことなど比較的理解できそうに思えましたが、此の3)は私の浅い基礎知識では、理解が深まりませんでした。
性のこと、性の違いなどの理解も難しいものです。何かの本を併せて読むことで、もう少し理解が進む気も致しますが、今回は幾つかの単語を頭に収めて退散致します。
 また他の読書で、話題に共通性が生まれることを期待しておりますね。
2014/12/21 19:10  | URL | みどり #-[ 編集]
- みどりさんへ、 -
みどりさんへの説明のために、読み返したり、考えたりしています。そんななか、思いがけない状況で、ある人の相談を受けました。それは、50歳代女性の、いままでになかった意外な行為に対するその母親からの相談です。私は、この問題が、母親にもわかるはずのない娘さんの苦しみが母親に向かっている図式が見えてきました。娘さんの気持ちがスーッと理解できる様な気がして、そのことを母親にはなし、母親もそのことを理解してくださり、子どもへの慈愛の心を持ちながら問題を見つめられるようになったような気がしました。ほんのわずかの時間でしたが、その母親は、私のこの本からの受け売りの話を聞いて、いい話を聞いたと拝むようにして見送ってくださいました。逆に私はこの話を聞いたことで、6月ころ、二人の教師だった女性から聴いた話を思い出し、娘さんとの間に起こったこのような現象(世代間格差によって起こる問題)は、これからいっぱいおこる事のように思えました。この本の本文で確認していくと
《「ハラー氏の精神病は、決してただ個人の狂想ではなく、時代そのものの病気だったのです。ハラーが生きていたあの世紀の悩んでいた神経衰弱でありました。そして、その病気に苦しめられたのは、決してただ薄弱な、つまらぬ人間だけではありませんでした。むしろ強大な、もっとも精神的な、最も天分豊かな人間こそ、その病気に煩わされざるをえなかったのですから。」》と、ヘルマン・ヘッセの『荒野の狼』という作品の序をあげて、さらに時代の病気について言及しています。これらのことは、一見政治の問題ではないように見えますが、次世代の者たちが引き受ける不安と貧困は、いがいと、このようなヒステリー症状となって現れ、政治論争の議題に乗っていないようなわけのわからないと見える現象によって、今の自民党政権が10年内輪にあっというまに崩れ、新自由主義にも格闘が始まり混迷の時代がくるのではないかとさえ思われました。もっと具体的に説明できれば言わずもがななのですが・・・。
2014/12/24 20:59  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
-  -
 人の心に存在する思考は、時に無意識に汲み出され、自分でも戸惑うような結論を導き出したりします。
 今回の記事で、ご友人の相談内容は明確に記されておりませんが、対話の中から充分察するところがありました。神経衰弱という言葉を最近はあまり聞かなくなりましたね。ノイローゼという言い方や、精神疾患による様々を分類する学問が著しく進んだ結果とも思っています。
 昨夜、半ばから視たテレビに俳優の北村一輝氏が演じていたパニック障害に陥った夫という姿がありました。
娘は30代初めに突然の様にこの症状に見舞われ、通勤途中で救急車で搬送された経緯があります。以降10年経ても完治していません。北村氏の演じた夫はパニック障害で欠勤中で、電車に乗れなくなり、買い物先で胸に圧迫感を生じ、人混みに恐怖したように店を飛び出すのですが、二女も私たち家族が他人を遮蔽するように壁を作り空間に置かなければバスも電車も乗れずにいます。幸いなことに自分の空間を自由に出来る車の運転は上手で、丁寧な運転をしてくれます。
この数年長続きすることの出来なくなった派遣仕事(税理関係が得意)でしたが、最長の3年を過ぎ、今春退職後は自宅でのんびりしています。障害者として自覚もあり、生涯障害と共存しなければ生きられないことをも自覚してもいます。
 記事の中にありましたが、精神の病を得る人々は落ちこぼれと言うような存在ではないと。
『その病気に苦しめられたのは、決してただ薄弱な、つまらぬ人間だけではありませんでした。むしろ強大な、もっとも精神的な、最も天分豊かな人間こそ、その病気に煩わされざるをえなかったのですから』ヘルマンヘッセの作品なのですか?
まさに此の通りの人々が多く、娘も際立った学習能力のある子でした。
 50才位の娘さんをお持ちの、あかね様のご友人が苦しまれていた内容を私なりに色々考え、涙が滲みました。
お母様も娘さんも苦しんでいたことと思います。
今の時代、表に出なくとも精神疾患で精神病院や神経内科に通う青年層は、もの凄い人数なのです。
安倍の強行する政治で、今後もっと増えてしまうことを憂います。自衛官も警察官も自殺者数を隠していますが、人間性を剥奪するような強制的圧力に抗しきれず、自ら命を絶つ人が多いのです。
 あかね様が、ご友人を励まし勇気づけて下さったことに、私も感謝致します。私達家族は二世代に渡る精神疾患を抱え、どれほど涙を流したか此処では書き切れません。泣いてばかりの30代でした。二女も早や40代半ばを越えました。
色々起こった今年でした。現在私たちとの同居を復活する意思もなく、自分で独りながら頑張って生きようとしています。近場ですから何かと気がかりながら、彼女の自立心を尊重して、ハラハラする時にも干渉をしません。
ご友人の親子関係ですが、もし娘さんが独身者でしたら、思い切って自立させるのも必要でしょう。まず医療的援助をと思うのですが、的外れでしたらごめんなさいね。
 すでに、霞様がアスベスト被害者救済のための支援者ですから、その傍らにおられるかすみ様に、私が出過ぎた発言をする必要もないと思いましたが、昨日のテレビ映像から何らかの疾病として精神を病む患者達への理解を、もっと正確に告げたいと思いました。
正確と申してしまいましたが、ほんとうは病状は多面的でもあると書きたかったのです。
 長々と失礼いたしました。思う半分も表現できずにおります。
ご賢察のほど、よろしくお願い致します。
2014/12/26 09:45  | URL | みどり #-[ 編集]
- Re: みどりさんへ -
> ヘルマン・ヘッセの『荒野の狼』です。作品とは別に、ヘルマン・ヘッセは、2度強度のノイローゼを病みユング派の分析家に分析治療を受けていたそうです。
> 人間には個人差があるので、ストレスにたいして、それを乗り越えるためにがんばりに向けられる人、押しつぶされる人、他人に向ける人とさまざまです。多様化と急激な時代の変遷のため、事前にストレスにに気づいて時を置かず年長者が適切なアドバイスができる時代ではなくなりつつあるように思います。それぞれが、時代の流れについてゆくのが精一杯です。たとえば、子どもたちがゲームにのめりこむのも彼らにとってそれが時代の課題なのかもしれませんし、ゲームをクリアできなくてイライラしている子どもに誰が適切に対応できるでしょうか。それを勉強に向けてやったとしても、子どもとしての敗北感が乗り越えられないトラウマになる可能性だってあるかもしれません。
> 先日ある人が、近所の子どもの楽器の音がうるさかった話をされました。私は、ずっといぜん心理学で、耳ではなく体で音を感じる年代があることを学びました。この人には、そのことをはなしましたが、そのとき考えました。以前盆踊りを教えにこられたボランテアの御婦人方が、先生よくこんなにうるさいところで我慢できますね、といわれたことがありました。いま勤務している児童館の子どもの声はそれどころではありません。大声で奇声を上げます。奇声を上げることで何とか平衡感覚を保っているとでもいいたげです。山際の巨大な団地で、山とは側溝で隔てられた高いコンクリのノリ面でかこまれ、まさしくコンクリのなかだけの生活を強いられているように見えます。25日に仕事に行ったとき、児童館の専用の部屋を使用している学童保育の児童を女子大生の子と担当しました。5時に最後の会をやることになっているとのことで、子どもを集めました。みんな落ち着いて静かなのでこんなときは何か話してやるべきかと「太陽の話をします」というと、「○○先生の豆知識?」と聞いてくるので、「まあ、米粒知識くらいかな」と子どもたちを4間くらいある広い窓ガラスに近づけさせ、遠く夕日が沈んだ山の場所を確認させました。4日まえ22日が冬至だったことをはなし、夏至に太陽が沈む場所も指し示し一年間で太陽が沈む場所がこのように移動することを教えました。そして、強調したかったことで、私がいろんな児童館で仕事をしてきて、このように冬至から夏至まで夕日が沈む場所が確認できる学童保育の専用室があるのはここだけだといって聞かせました。翌日土曜日、預けられる子どもの数は格段に減ってきます。私はこの日も朝から仕事に行きました。意地悪のひどい女の子が担当の指導員に太陽の話を聞いたことを意外と上手に話していました。自然と触れ合えない子どもはときとして、音の反響によって自分を確認しているのかもしれないなどとわけのわからないことを考えていたりしました。
> 幸せとか不幸だとか感じるのは心のありようなので、たとえば夫に腹が立つことがあっても、それは自分が描いている夫の理想像との落差に腹を立てているので、夫から見ると妻の理想像の男性と自分とは関係ない話なのでわけがわかりません。児童館で子どもを見るように夫を見ると結構面白がってみることができ、子どもよりは結構ありがたい存在であることにずいぶんと感謝でき幸せを感じることができます。
2014/12/28 21:34  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
-  -
ご丁寧なお返事嬉しく思います。
今になり気付きました。2度目のコメント欄下の方から6、7行めですが「あかね様」と記載すべきところ「かすみ様」などと書き間違えておりました。前後で気が付いて下さったと思いますが、2度目の私のコメントは的外れだったようで、児童館の子どもさんが音に対し、体ごとで受け止めていることがわかり、改めて児童の成長について考えました。
 色々とありがとうございました。
言葉至らぬ私ですが、来年も引き続きよろしくお願い致します。
2014/12/29 13:54  | URL | みどり #-[ 編集]
- みだりさんへ -
 ぜんぜん的外れではありません。人の話を聞くとすぐ涙が出て感情が先走ってしまう私なのですが、この本によってすこし距離を置いて、いままでよりすこし深く人のことを考えています。みどりさんの対応もすごいと思います。それ以上の対応が誰にできるでしょうか。私は自分が若いころから胃潰瘍を患ってひどい貧血だったこともあって、なやみの99パーセントは取り越し苦労と思うことにして深く考えないように習慣付けていたのですが、すこしでも考えることで、自分が悪かったのではないかと自分だけを傷つけるのではなく、関係した人をすべて自分の身になって分析することによって、自他をおおらかに思えることを体験しています。
 いまになって、みどりさんも向上心を常に持ちながら、このように自他をいとおしんでこられていることに感動させられています。
 最初のコメントをいただいたことで、本への理解が深まって、このように感じられるようにまでなったことに感謝しています。
 これからも霞ともどもよろしくお願いします。
 寒くなるようです。体に気をつけてください。
 
2014/12/29 21:14  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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