第171回「ハーンの会」のニュースなど
2014/12/26(Fri)
今日は臨時職員としての午後に仕事のある日なので裏山登山を中止しました。
昨日は雪が降るまで我が家の食卓を楽しませてくれたトマトの「木」を片付け、ついでに庭の片付けと掃除をして夕刻までごみ収集が来なかったおかげで、どっさりのゴミも全部最終処理することができました。
 次に読む本もみどりさんからいただいた、寺内タケシ著『テケテケ伝』と決め、さわりだけを読んだので、老体を休め前回11月の「ハーンの会」配布物を順を追って読んでいます。
 「ハーンの会」ニュース一枚目、風呂先生、布団に入って寝そべって枕に両腕を組んで読書などされるとのこと。私は本は仰向けで読むのは専門ですが、うつ伏せでのこの姿勢は腰が痛くて30分と持ちません。人によって体の構造が違うのかと思える記事です。『湖都松江』の記載内容ミスの指摘がされています。印刷物崇拝主義の私としてはクワバラクワバラで、「ここではこう述べられている」読書を心がけなければいけないが、ハーンを正しく後の人に伝えたい風呂先生など関係者にとっては、たまらなく心痛むことなので、誤字脱字誤解だらけのブログ人の私も「何とかせい!!」と文責者に申し上げたい。「スコットランドという国」という朝日新聞のコピーでは、漱石がエディンバラに留学してその訛りのひどさに「落ちる人が死んでからお乗りください」を学んでも・・・・とロンドンに南下したといったようなことからイメージしていた思い違いを払拭いたしました。「有機的記憶」では、一応このプリントを読んで河合隼雄の『無意識の構造』を読んだので、すこし理解がらくであったように思います。「リーチさん」「ニューオリンズから来た男」「リーチ先生」などのコピー資料はいまの私にとっては至宝の情報です。最後の朝日新聞の「講義記録ノート」のコピーは、東大門閥人の一部の人の醜い側面をあらわにしている。
いつも楽しみな『すみよし』では、宮司さんのクリスマスケーキにまつわる話が、すこし前に読んだ本での、神武天皇が国を治めるに成功した理由にあらゆる宗教を認め、和みの大切さを図ったことをあげていたことを思い起こさせ、何世紀を超えて受け継がれてきた神道について思いをはせました。風呂先生の「小鹿田焼」では、もとは、名前は聞いたことはあるもののどこのことやらで、豊臣秀吉が朝鮮出兵をしたとき、武将は戦よりも朝鮮の技術者獲得に血道をあげていたといいますから、陶芸の技術者もその一部であったであろうなどと思いながら窯場を想像します。柳宗悦については、図書館で民芸好みの白洲正子の著書を読み漁っていたころ、何度も著書に登場してたしかに“これは民芸品ではなく上等な品ではないか”といわれたという世評を甘んじて受けてしかるべきという思いで読んでいましたが、いまや芸術家だけが芸術品を作るのではなく、庶民の生活が民芸品といえる「実用性」「廉価性」「平常性」「健康性」「単純性」「協力性」「国民性」を基調とする日用品を作り上げていく道筋がこの年齢になって理解でき、「老婆は一日にしてならず」と次へ読み進んでいきます。
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