『日本はなぜ「基地」と「原発」をとめられないのか』
2015/01/01(Thu)
 矢部宏治著 『日本はなぜ「基地」と「原発」をとめられないのか』 を読みました。
 これは書籍ではありません。
 志村建世氏のブログで、
 《著者の矢部宏冶さんと集英社インターナショナルは、PDFでこの本の要約版を公開したのです。話題の新刊書を、核心 の要約として無料公開するなどは、常識では考えられないことですが、著者は広く読んでもらうことを、何よりも最優先と 思ったのでしょう。著者のジャーナリスト魂が、この決断をさせたのだと思います。以下のアドレスから読むことができま  す。
  http://www.shueisha-int.co.jp/pdfdata/0236/nihonhanaze.pdf》
と紹介をうけたものです。
 私たちは日本国憲法の精神を汲んだ法治国家の元で日々生活できるものだと思って暮らしてきました。しかし、それなのにこのところとくに「沖縄米軍基地問題」、「福島の原発の問題」についてなんともいえない矛盾を感じていました。なぜこれらの問題が、おおくの国民の願いどおりにならないのかと。
 ここでは、その原因があきらかにされてゆきます。
 日本国憲法98条2項にある「日本国が締結した条約は、これを誠実に遵守する」という条項にのっとって、日米安全保障条約と、それに関連する秘密条約をも含めた日米地位協定の定めるところにてらして、月2回開かれる日米合同委員会で基地に関することは決定されるというのです。この会議に参加する在日米軍のトップと各省庁から選ばれたエリート官僚との合意によって決められた中身が決定内容になっていくのです。国会決定などはあって無きが如くです。ですから日本の政治は官僚政治といわれてきたのでしょう。いわれてみれば、官僚政治に物申しましょうの国民の声を受けての民主党政権が発足するときの顛末が、小沢つぶし、鳩山つぶしと、官僚をつぶそうとするものは必ずやっぱり官僚につぶされるという方程式をものの見事に物語っていました。自民党に負けたのではなく、官僚に負けたのだという感は、誰が見ても明らかでした。
 さらに日米間には、日米地位協定とそっくりな法的構造を持つ日米原子力協定なるものもあり、廃炉・脱原発などアメリカの了承なしには決めることができず、日本側だけで決められるのは電気料金だけというのです。除染についても、大気汚染防止法第27条1項に「この法律の規定には、放射性物質による大気の汚染およびその防止については適用しない」、2項では特定有害物質に放射性物質は除かれ、3項では放射性物質による水質の汚染や防止については適用しないとあり、この法律により、東電の責任は法的に回避できるのです。さらに、被災者への補償問題の措置についても「何が必要かは政府が決める。」との法を振りかざしているとのことです。こんなことが起こることは織り込み済みのようです。それが私たち国民の願いに答えられない理由なのでした。

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