『土にかいた言葉』(2)
2015/01/09(Fri)
 山下多恵子編・解説 『土にかいた言葉』吉野せいアンソロジー のなかに は、「春」という11ページの作品もあります。
寒く厳しい冬を抜けて、貧しい開墾百姓の待ちわびた春の営みを描きます。開墾や農作業に出かけるとき、バンと名づけた赤い犬、一羽のオスと七羽のメスの鶏、一羽のオスと二羽のメスとのあひるが連なって歩くというのです。
 たんぱく質の栄養源はそれらの卵だけの生活です。ある日、どう数えても鶏のメスが1匹足りないと思っていたが、この界隈でもイタチに取られた話など聞くので、忙しい労働に明け暮れながら、そんなことかともあろうかと思っていました。
「おいおい、出てみろ」という夫の呼びかけに洗い物の手を止めて出てみると、
 《・・・・兎にも角にもまるで降って湧いたように小さな雑草の生え始めた土の上に、あのとさかの垂れためんどりと十一羽の黄色いひよこが晴々しくうごめいているではありませんか。・・・私は一握りの米をその目の前にそっと置きました。またたく間にたべつくしました。どんなに腹が空いていたのか。二十一日の間も私たちの目からかくれてどこで十一の生命を孵したのかが夢を見るようです。・・・・一人の子を生むのにさえ人間はおおぎょうにふるまいますが、一羽のこの地鶏は何もかもひとりでかくれて、飢えも疲れも眠気も忘れて長い三週間の努力をこっそり行ったのです。自然といいきれば実もふたもありませんが、こんなふうに誰に気づかれなくともひっそりと、然も見事な見事ないのちを生み出しているようなことを、私たちも何かで仕遂げることが出来たなら、春は、いいえ人間の春はもっと楽しく美しい強いものでいっぱいに充たされていくような気がするのです。》
 この文面で思い出すのがパールバックの『大地』です。野良仕事をしていて産気づき、ゆっくり産屋にと準備しておいた小屋に入り上からぶら下げた太い縄を握ってしゃがんで一人で子どもを産み落とし始末をして、子どもを寝せてまた野良仕事に出てゆくのです。おおかた半世紀前に読んだので、ほかのことはなに一つ覚えておりませんが、私もだれひとり人に知られることないこのようなお産のありようを望んでいたことは忘れていません。子どもは春に産んで夏に向けて育てるのだとも思っていたようにもおもいます。
 このほか、「いもどろぼう」・「飛ばされた紙幣」「老いて」「私は百姓女」「青い微風の中に」などがあります。71歳で夫である詩人の混沌歿。そのあと、草野心平に半ば命令されて書いたものに、串田孫一によって発表の場が与えられ、これらの作品が残るのです。
 最後にまいにちあきもせず裏山に上る私が気に入りの「青い微風の中に」からの抜粋です。
《いつも考えることだが、植物は季節をよく知っているのが恐ろしい。自然に順応した素直さ。それは彼らが各々のいきることに必死で正直なのだ。春には慰めを、夏には勇気を、秋には悔恨を、冬には諦視を、焦り惑うている人間の生きざまに何か暗示を与えてくれているような、季旬に添う葉っぱの色の移り変わりにも、音のない乱打の警鐘が聞こえるようだ。》
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コメント
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2015/01/11 10:07  | | #[ 編集]
-  -
「青い微風の中に」の文章は圧巻です。先日テレビで、すでに亡くなられていますが、第14代酒井田柿右衛門さんが「美しいものは自然が教えてくれる」といい「できれば野原にごろりと寝ころび、一日中自然と語りたい」と話していました。
2015/01/11 12:57  | URL | かわぐちえいこう #-[ 編集]
- えいこうさんへ -
 残雪のなか、その葉一枚も残さない落葉樹のむこうに、杉が幹にすこし赤みをおびてすっくと立っている光景。この地球上から、最低限自分に必要なものだけを吸い取って立っている姿は、神々しいの一言です。自然に学ぶことの多い昨今です。

2015/01/11 17:49  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
- みどりさんへ -
 小学校の教師などもかなぐり捨てての原始的な生活。それはそれで死にいたるまで言い表しようのない苦しいだけの毎日ですが、そんな人生にも花を咲かせることができる心持のすがすがしさを持つことの意味を問われているようで、あらためて「生きる」ということを考えさせられますね。
 すばらしい本でした。
2015/01/11 18:37  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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