第173回 「広島ラフカディオ・ハーンの会」参加記録
2015/01/12(Mon)
 1月10日、第173回「広島ラフカディオ・ハーンの会」へ参加いたしました。
 正月も明けて、口内の痛みで歯の治療を中断していた夫の歯茎から小さな骨のかけらが出てきてびっくりです。大方3ヶ月も原因不明の痛みに悩まされていたその原因がわかり、やっと痛みの解消治療に専念できるようになり、快方に向かい集中力が伴うようになったと夫が久々焼いてくれたケーキと、一昨年6月3日のブログに掲載していた「死なない蛸」のプリントをもって参加しました。
 風呂先生がヘレーン・ハンフ著桝井幹生訳『Q先生の遺産』という本をくださいました。表紙にQ先生のケンブリッジ大学ジーザス・カレッジの中庭のある美しい本です。おもわずニッコリです。
 鉄森さんは、お願いしておいた浅見渓著『マルセル嬢誘拐』を持ってきてくださり、さらに2014年12月13日開催の日本英学史学会研究例会の資料をくださいました。ジョン万次郎で有名な中濱万次郎についての資料で興味しんしんです。そういえば先月いただいた資料、牧野陽子さんのプリントも読み終えていませんでした。楽しみが二つになりました。
 いつも、1・2分早めに始まるのがこの会のいいところです。“BILIEVE ME”のあと、各自今年の抱負を述べるようにいわれました。私は、抱負などいつも考えたことがないような気がするのですが、「福王寺登山を270回を越す」と「この会に無欠席する」ことを述べました。一年間、変わったこともなく元気で達成できるといいなと改めて思いました。
 ニュースおよび情報交換では、昭和2年松江市役所での講演の記録、元松江市長高橋節雄氏の「ヘルン先生遺愛の文机を圍りて」という資料の説明を中心に、これまで、小泉八雲の顕彰に労されたかたがたについてのお話を聞きました。風呂先生の、松江中学で、あるいは熊本の五高で、あるいは帝大で、早稲田で教えを受けられた方々のその得難い教えの感興を後々までも伝えようとされた尊いご意思の継承者としての気持ちがひしひしと伝わってきました。
 《読みたい本》では、中野孝次『良寛に会う旅』(春秋社 1997)が紹介されています。良寛については、ブログをくってみると、二度あったのであとに今一度これら二つの記事を載せて、当座はそれで「阿弥陀寺の比丘尼」への思いを深めたいとおもいます。
 「阿弥陀寺の比丘尼」の学習は、2回目で2章です。本を読んでいて、念入りに読む箇所とそうでないところがありますが、この章の内容は私にとっては軽く読みすぎてしまう箇所といえそうです。後になって、「えっ!そんなところがあったかしら」といいそうです。しかし、このように突きつけられると、なんだか霊に取り憑かれた巫女の狂ったさまを演じたおぞましい映画を見ているようです。「くちよせ」とか「とりっぱなし」というのだそうです。それでも、これらのことによって、悲しみから逃れられない寂しい境涯から、前向きに生きていく手段となるのなら、・・・。とりあえず夫や子供を失ったことがないのでなどとやはり軽く読んでしまいそうです。
 会の最後、五十嵐先生のClosing Speechでは、風呂先生の陰膳の説明を受けて、ご自分のお兄様が兵役に服されていたときお母様が陰膳とお水を毎回お供えされていて、復員されたきたお兄様が現地で喉の渇きを感じたことがなかったと言われたということをことを話してくださり、なんだか涙が出てしまいました。
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