『Q先生の遺産』
2015/01/17(Sat)
 京都修学社より2005年発行の、ヘレーン・ハンフ著・桝井幹生訳 『Q先生の遺産』 を読みました。
 この本は、第173回広島のハーンの会のとき、風呂先生にいただいた本です。うれしさのあまり、何はさておき読み始めました。
 ところが、正直読み始めてみるとわけがわからず、つい読みかけるとほかの用事に思いがいって興が乗りませんでした。もちろん、読み進んでいくうちだんだんおもしろくなって夢中になり最後まで読み終えました。ただ最初から、直前に読んだ吉野せい著『土に書いた言葉』同様、自分も何か書いてみようかなと思わせる不思議な本です。『土に書いた言葉』では、本を下さったみどりさんがやはりそのような思いをしたとコメントに書いてくださっていました。そして、この『Q先生の遺産』では、翻訳者の桝井幹生氏が「あとがきにかえて」で、ヘレーン・ハンフのロンドン行きの記録を本にした『ブルームズベリー街の公爵夫人』ほどのロンドン案内記ではないがとことわって、この翻訳に掲載するため写真撮影のため自身以前留学したことのあるロンドンに行かれたときの様子を書き留めておられます。その部分とさらに今一度「まえがき」を読み返したことによってこの作品への興味が数倍になり再度読みなおしました。
 「虚」をえがくことによってより「真」を書くといったような技法は一切なく、何か訴えたいテーマがあるわけでもなく、ただ自分の身に起こったことしかかけない作家。それが読む人をこんなにフレンドリーにさせるとは思いもやらないことでした。
以前、司馬遼太郎がなくなって後、マスコミ関係のだれかが奥様に「もし司馬さんが突然あらわれたらどんなお話がなさりたいですか」といった意味のインタビューをしたとき、「人の悪口が言いたい」と述べられました。この気持ちはよくわかります。運命共同体の人にしか人の悪口なんて早々言えるものではありませんが、著者のヘレーン・ハンフにはそれが言えるような気がするのが不思議です。
 著者は、《わたしは落ちこぼれの台本作家。わたしはこの映画全盛時代に、生テレビ番組を作った経験など1円の価値もないテレビ作家。もうだれも出版しなくなった子ども向きの歴史本の作家。わたしはもうお呼びではない。わたしは負け犬だ。》と自覚しています。然し大学に行けなかった分、Q先生の「散文の書き方」講義を読んで長い歳月ひとりで苦労してきたのだからと、こだわってはみるものの、小説は嫌い、フィクションは嫌い、悩みは尽きず生活は苦しい。『ショービジネスの下積み生活』で一時しのぎをしてはいたが・・・。ところが53歳にして、20年間文通をしてきたロンドンのマークス書店の店主が亡くなり店じまいされ、それを契機に書簡集のような『チャリング・クロス街八四番地』を出版。米国英国などでこれがヒット作となり、著者の生活は一変します。
 2度目を読み終えたわたしは、「あなたの昔の苦労話、そして本が当たってロンドンにまで何度も行った話。Q先生仕込みの散文でまた読ませてよ!」と親しみをこめての思いです。
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コメント
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 面白そうな本ですね。作家として生きようなどとは考えてもいなかった人が、或る時を境に社会から注目されるようになる、其れまで働いていたことなどが文章化され生き生きと親しげに迫ってくる等ということは、身近にありそうにも思えますね。
ご夫君がこれまで関わってきたアスベスト被害者支援、救援のこと等も歴史的価値があります。本にまとめて世に問うて欲しいと思います。
私も昔の気持ちを取り戻して、短文でも日々の暮らしをしっかり書き続けてゆこうと思いました。正直なところ、面倒な気分に陥り易のですけどね。
2015/01/21 11:42  | URL | みどり #-[ 編集]
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女性ならではのおしゃべり感覚で書かれた作品でも、包み隠しのない有名人の日常が流暢に描かれていれば売れる。といった感じでもあります。その点、同じく読者も書いてみようかと思える『土に書いた言葉』は、書くことを勧めた人は多少そのような狙いはあったかもしれませんが、文学性が高く表現から受ける情景にははっとさせられ深い感動を覚えます。『Qの遺産』は翻訳であるだけに、そしてわたしが英語がわからないだけに、Q先生による文章表現法によって、何がどうなったのかがわからないのでこの本について感想がもてないでいます。
 最初読みにくかったのは、自分の周りのことを固有名詞で思いつくままぼんぼん書いてあるので文化も生活環境も違う他国のわたしには「何のことですか?」が延々と続いたからで、いろいろな人名が出てくるのは、気にせず読み進んでくださいと翻訳者も読むに当たっての注意書きをしているほどです。
 4作の中で、一番当たった『チャリング・クロス街八四番地』は、ニューヨークに住んでいる著者とロンドンの本屋との手紙のやり取りを本にした書簡集でした。それが人気よく売れ、テレビ作品になり劇場で公演され、映画になり、そうしたことで有名人になった人の本ということで、そのほかの3作が売れたというように感じています。
 わたしの「福王寺登山」の記事などは、小学生の作文調ですが、なぜ、この期に及んで和子さんと登山をしたのか、お互いに、思うところもあったのです。しかし、このあたりの二人を取り巻く事情は深い思いとともにまったく触れず、然も他人の石田さんもさそって、ただただ楽しいひと時を過ごした。二人の思い出に、楽しい1ページを加えただけの登山になり文章になりました。文才があれば、この明るい登山語りに明るさが作る影をえがいて、60台の女性の生を描き出すことができるのですが・・・。
 大学生のとき、国木田独歩の『武蔵野』を題材にして作品の「虚と実」について講義を受けたことを思い出していました。このように書いていて気づいたのですが、この『Q先生の遺産』は実ばかりを描くことによって、全体として一人の女性の虚無描いているようにも思えてきます。
2015/01/21 17:12  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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