第174回 「広島ラフカディオ・ハーンの会」参加記録
2015/02/16(Mon)
 2月14日、第174回「広島ラフカディオ・ハーンの会」へ参加いたしました。
 寒さのおり、自宅学習はラフカディオ・ハーン著戸川秋骨訳『神国日本』が1日数ページくらいしか読みすすめず、無為に過ごしているような日々の中での参加となりました。
 このような停滞の中にあるせいか、会員の方々と会えることが楽しみな参加になりました。
 このたびは、上野公園東京都美術館の朝聞書展に1月20日から24日まで展示された、太田雪影さんのラフカディオ・ハーン著「日本の面影」のなかの「富士山」からの抜粋を書に仕立てた写真のコピーを持参し皆様に配布いたしました。
 太田雪影さんとは、本名、太田千代子・ブログ名、花てぼさんです。写真は、「日々の暮らしを記憶に刻む」という、みどりさんのブログに掲載されたものです。昨年、わたしは5月13日のブログに「目覚めればラフカディオ・ハーン」という記事をかきました。第164回「広島ラフカディオ・ハーンの会」のニュースのなかのハーン著「日本の詩瞥見」の『詩歌撰葉』にかかれている詩の書の美しさを愛でている文章があったのをのせたのです。その記事のコメントに花てぼさんが「この感動をどう伝えようかとそして早く伝えたい・・・」また、「ハ-ンの講座?に出席なさっているのですね。こんな素晴らしい会の機会に恵まれておられるのが何ともうらやましいです。」ともかいてくださいました。そして昨年秋、ハーンのものを書にかくことを予告してくださり楽しみにしていました。それが年明けの1月21日のブログには「何か月前から予告していたのでしょうか、やっと今「小泉八雲の文」を書にしたものを上野の都美術館で発表しています。みどりさんがよく写真を撮ってくださいましたので、みどりさんのブログをお訪ねいただいてご覧になってください。これを書きましたきっかけは、ご紹介いただいた「日本の面影」でした。ありがとうございました。」とコメントをいれてくださいました。上野の美術館にかかげられた、ラフカディオ・ハーン著『日本の面影』よりの美しい一幅の書が、このようないきさつで広島ラフカディオ・ハーンの会のご縁によって掲げられたことを伝えたかったのです。
 今回の学習会では、風呂先生の解説に強い感銘を受けました。前回に続きハーンの「阿弥陀寺の比丘尼」の学習でしたが、文中にある、お豊の坊やがお豊の身代わりに死んだという「身代わり」について、浜田廣介の『泣いた赤鬼』の話をされ、これを読むと涙が出るといわれました。わたしもこの話を聞いて涙が出ました。半分は風呂先生のもらい泣きで、半分は、自分が50歳のころから職場の人たち12・3人で人形劇をやっていて、4作目にこの『泣いた赤鬼』に取り組みましたが、失敗に終わったことを思い出したからです。このとき、風呂先生のような感性でこの作品に取り組んでいたら、人形作りから違ったものになっていただろうとお話を聞いて思いました。子どもたちに伝える内容への検証がなされていなかったことへの強い反省です。親友である赤鬼の願いをかなえるために、青鬼が赤鬼に別れの張り紙を残し旅に出かけていくシーンにしっかり心を置くべきでした。
 会の締めくくりの挨拶では、田中正道先生が「風呂先生の井戸は汲めども汲めども清い水が湧きでてくる」と評され、的を得た評のあまりの美しさに風呂先生の心根が映し出されていることを思い、参加者全員が惜しみない拍手を送りました。
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コメント
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お知らせいただいてから、早くこちらへ伺いたいと思っていましたが今になってしまいました。こちらでも身に余る「書」のご紹介をしていただきありがとうございます。また、みどりさんに写真提供のお礼を申し上げなければなりません。

「日本の面影」及び「明治日本の面影」はハ-ンの「日本人では感じえないほどの日本の面影」が涙が出るほどの感性で書かれてありますね。勿論、「翻訳者はもう一人の作者である」と言われるように、訳者の方をも賞賛されるべきです。

ハ-ンに関心を持たせていただいた「ハ-ン勉強会」の皆様、茜さまご夫妻に心からのお礼を申し上げます。
いつかこの本の中から朗読もしてみたいと思っているのですが(これは「予告」ではありません。「願望」です)。
2015/02/16 15:38  | URL | 花てぼ #ZjTFAI5c[ 編集]
- 過去記事にコメント -
2014年9月20日の過去記事にコメントを一つ入れておきました。お時間ありましたら開けてみてください。
2015/02/16 21:45  | URL | 志村建世 #O94VIzx6[ 編集]
- 花てぼさま -
さっそくお訪ねいただき、丁寧なコメントありがとうございました。

みどりさんの12日のブログに、浅田次郎編『見上げれば星は天に満ちて』の記事があります。この書に収録された13編の最後にハーンの「耳なし芳一」が収録されていて、それについての浅田次郎の評をここに引用します。これを読んで花てぼさんが必ず朗読に挑戦してくださることと、思います。

《かくしてほぼ年代順に私の好きな短編小説を並べた。しかしひとつだけ順序をたがえて、小泉八雲の「耳なし芳一のはなし」を掉尾に据えたことには意味がある。この作品は八雲のオリジナルでなく出典は古民話に拠るが、物語として本邦最高傑作であると私は信じている。目に光りなき芳一が、音にのみ頼って恐怖の体験をし、ついにはその耳すらも奪われるという鮮やかな結構は奇跡を見るが如くである。しかも、そのように簡単に言ってしまったのでは実も蓋もないくらい、この物語の細部にはさまざまの仕掛けが施されている。読み返すたびに新たな発見がある。日本の習俗を愛し、日本の美に帰依したラフカディオ・ハーンにしか、この稀有の物語を発掘し再生せしめることはできなかったであろう。そして、彼が強度の弱視にして隻眼であった事実を思えば、いよいよこの物語との因縁浅からぬものを感ずる。小泉八雲の日本に対する愛着は、単なる異文化への憧憬ではなかったはずである。彼はキリスト教普遍主義の呪縛から遁れて自由なる美を求めた、いわば文化的亡命者であったと私は思う。そうした彼を司祭と定めて、日本の美神はこの奇跡の物語を授けたのではなかろうか。
 母なる国の美しい言葉に托された先輩たちの訓えを、これからも誠実に守りかつ努力すれば、私にもいつか後生の人々の心に残る物語が書けるのかもしれない。それでも「耳なし芳一のはなし」だけは、無理であろうと思う。なぜなら、この物語は千年の時の間に千人の語り部が彫琢し、研磨した宝石だからである。≫
2015/02/16 22:43  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
- 志村さま -
 さっそく読ませていただきました。
 14日にハーンの会に出席したとき、自分が作品鑑賞への感性がそうとう欠落していることに気づかされすこし気落ちしていました。
 さいわい、みどりさんが紹介された『見上げれば星は天に満ちて』で、私もハーンの「耳なし芳一」について浅田次郎の評をブログにのせていることに気づかされ、花てぼさんへのコメントにコピーして「耳なし芳一」を朗読してくださるよう厚かましいお願いをいたしました。今思うと、牧野陽子さんの評も花てぼさんの朗読に役立ちそうです。しかしなんといっても、花てぼさん自身の感性での「耳なし芳一」へのおもいを朗読してくだされば、これがすばらしい平成の「耳なし芳一」となると確信できます。
 それにしても、志村さんのブログに訪ねさせていただくようになって、花てぼさんやみどりさんとも知り合わせていただき、このたびの花てぼさんのすばらしい書が、みどりさんの掲載してくださった写真を通して、ハーンを慕うみなさんの心に富士山のように清らかに聳え立った気がしてうれしいかぎりです。皆さんのご縁の中にいられることがとても幸せです。
 いま読んでいる本を読み終えたら、夫がネットで購入してくれた池田幸一氏の『アングレン虜囚劇団』を読む予定です。
2015/02/16 23:23  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
- 英語の教材として -
ハーンのKWAIDANを読んだのは、尋常科(中学相当)の2年か3年だったと思います。英語としては素直で読みやすい教材という印象でした。ネット検索で読んでみましたが、これなら今でも読めます。英語として易しいから内容も高くないというのは一種の偏見だったのですね。むしろハーンの才能を示しているのでしょう。
 旧制高校の教育で、英語を「読み物」として読むことを教えられました。おかげで大学受験では苦労させられましたが、古き良き教育を受けられたのは幸運だったと、今では思っています。
2015/02/17 21:49  | URL | 志村建世 #O94VIzx6[ 編集]
- 志村さま -
「古き良き教育を受けられたのは幸運だった」のことば、いただきです。
わたしがまったく英語ができないのは、新しく悪い英語教育のせいにできるからです。
 「ハーンの会」では、皆さん英語の教師だった方々のようですが、英語の勉強ではなく、まさしくハーンの著作を通してハーンを顕彰しようとされているので、英語能力はかってに放免していただいています。
2015/02/18 03:30  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
-  -
先に私が小泉八雲を朗読してみたいと思っているとコメントしましたのは、実は「日本の面影」の中にある八雲の日本や日本人、日本の習慣などの描写をしている文章のことだったのですが、どうやら私「耳なし芳一」に取り組むことになりそうですね。恐ろしいほどのあかねさまのご期待に圧力がのしかかっています。今はハ-ン研究会に私も入って勉強しなければと言う気持ちですが、とりあえず「えーい、乗り掛かった舟!」とばかりに本を申し込みました。
2015/02/20 21:38  | URL | 花てぼ #ZjTFAI5c[ 編集]
- 花てぼさま -
 本まで求めていただいて申し訳ありません。
 「これを語らずして何を・・・」と思ってくださると信じています。
わたしは、平家物語といえば、「与一目をふさぎ南無八幡大菩薩願わくはあの矢、射させたばせたまへ・・・」と教科書の文面がいつも頭に浮かび、波の上に浮かぶ舟から扇の的を射る鮮やかな映像を伴って浮かび上がってきていたのですが、5年位前の九州旅行のあとからは赤間神宮の脇にある琵琶法師像が向かいの日本海に向かって語る映像が浮かんでいき、さらに最近では裏山のある場所を歩いていると「芳一。芳一」と花てぼさんの声が聞こえてくるのですから不思議です。
 昨年の暮れ、やはりハーンの顕彰をされている、東京(わたしの頭では東京・埼玉・横浜・千葉はひとくくり)の丹沢 栄一(東京都市大)先生から、本とすてきな絵葉書を送っていただき絵葉書は小さな額に入れて玄関に飾っています。
東京にも、あたりいっぱいハーンを好きな方がおられるようです。

2015/02/21 08:44  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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