第175回 「広島ラフカディオ・ハーンの会」参加記録
2015/03/11(Wed)
 3月7日、第175回「広島ラフカディオ・ハーンの会」へ参加いたしました。
 一緒に参加させていただいている夫は、さかんに小泉八雲関連の古本を購入して、わたしにみせびらかしては部屋に閉じこもって読書三昧のようすです。
 私はといえば、ほとんど登山と仕事の予定がつまっていたり、風邪を引いたりで全く予習をしないままでの参加でした。
 それでも、ほんのわずかの茶の子をもって、夫と参加するのはほんとうに楽しみです。
 きょうは、「阿弥陀寺の比丘尼」学習の最後の日です。風呂先生の、プリントでは「阿弥陀寺の比丘尼」を100パーセントの作品分析をし、すっきりとまとめ、ハーンの作品から感じ取ってほしい要点を浮き彫りにしてくださっていて本当にすばらしい講義でした。
 また、2月28日土曜日の中国新聞の「天風録」にあった2月20日に命を奪われた中学1年の上村遼太くんの記事に、隠岐の島出身の彼も聞いたであろう「しげさ節」のことが書かれてあり、ハーンの会への参加者のほとんどが教育者として、子共にかかわってきた人たちなので、皆さんで胸の詰まる思いで読み返し、テープで流してくださった「しげさ節」を涙ながらに聞かせていただきました。
 その後、部屋を移動して、1980年にNHK松江放送局が製作した、小泉八雲生誕130年記念番組の「出雲における小泉八雲」ビデオ鑑賞しました。そのなかで、来日以前に『出雲風土記』などで、古代出雲に関心を持っていたラフカディオ・ハーンが、西田千太郎のはからいによって、松江に着いてわずか2週間で出雲大社を訪れ、外国人としてはじめて昇殿を許されたことや、小泉セツとの結婚にいたる話などが収録されていました。また、旧小泉八雲邸の持ち主であった 根岸家の当主根岸啓二氏が、八雲の人間像を熱く語っておられました。番組全体の解説者は池野誠氏でした。
 さいごに、全体の質問を受けられたとき、田中先生から、質問がありました。
 『阿弥陀寺の比丘尼』からの質問でした。 “Nun”という英単語について、既婚者であったお豊が出家した後の呼び名を“Nun”と呼ぶことについて疑問があるがということでした。 風呂先生は俳句にも異訳があるが、・・・・とのことでした。
 英語のわからないわたくしは、考える根拠を持たないのですが、日本でのハーンのさいごの著書『神国日本』をより丁寧に読み返す作業を始めていた私は、ハーンがあえて最初の章に「難解」とタイトルをつけて、まず、日本を理解することの困難さを 《・・・・日本人の表面の生活の基礎となっているものを認知し、是を理解する事の甚だしく困難なる事に帰せられる。其生活を十分に解説する著作は―歴史的に、社会的に、心理的に、また倫理的に、日本を内部からも外部からも、描いた著作は―少なくとも今後五十年間は出来まいと思う。この問題は頗る広大にまた錯綜しているので、幾多の学者の一代の労力を合わせても、これを尽くすことは出来ず・・・・》というように、なんども言葉をつくして、説明しているので、八雲自身が西欧人には理解できないことは重々理解のうちかいたものと思わずにはいられませんでした。
 帰り間際、このたび、ハーンが日本滞在時に出版した本の何冊かをギリシャ語訳したものを、ハーンの会に寄贈された古川正昭氏が、先月太田雪影さんの書を配布させていただいたことについて、見せる人ごと好評で、太田雪影さんこと「はなてぼさん」のブログを教えてほしいといわれたので、教えて差し上げました。なんだか喜んでいただけて、夫も大喜びでした。
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