第176回 「広島ラフカディオ・ハーンの会」参加記録
2015/04/17(Fri)
 4月11日(土)、第176回「広島ラフカディオ・ハーンの会」へ参加いたしました。
 桜の花も散ってしまったというのに、なんとなく肌寒さを感じるのは私だけ?と思う体調の定まらない日の参加となりましたが、作品への予習もなんとかできて、夫と二人なので、まあ心を強くしてどうにか参加できたのでした。
 第176回 「広島ラフカディオ・ハーンの会」ニュースのプリントでは、『フランケン・シュタイン』のことが一面をつかって述べられていました。名前こそよく知っておりながら、何に関係ある人なのか考えたこともありませんでしたが、このプリントでは、いま読んでいる辰野隆の著書に出てくるナポレオン・ボナパルトの、「人間はあらゆるものを発明することは出来る。幸福になる術を除いては。」ということばが、頭を掠めます。
 この話題の中に紹介されている、高木大幹の『ハーンの面影』を夫が手に入れたので、風呂先生の思いをより深めるために近日中に読むことが出来たらと願っています。
  ―4月25日(土)松江市立図書館定期講座「小泉八雲に学び・親しむ」に於いて、風呂鞏が「八雲会100年・八雲を顕彰してきた人々」を語る。90分間― の情報があります。
 風呂先生は日ごろ、八雲を顕彰してきた人々への顕彰を促されています。
 たしかに風呂先生をはじめ八雲を顕彰してきた方々によって、充実した退職後の人生を送らせていただいている私としても、何はさておき八雲を学ぶ時には、このことを心の柱として据え置かなければならないと感じています。
とくに、このたびは、当日検査入院されていたにもかかわらず、この会に来てくださった風呂先生への感謝を心に刻みます。そして、たとえば、これまでも本を読むことは大好きだった私ですが、この会を通じて八雲会の功労者である市川三喜を知っていたおかげで、さきごろの読書でも、何気なく読み過ごしてしまう安倍能成の「岩波と私」の文中、岩波が快活であることの説明として、岩波書店開店の前年、岩波と5,6人で立山に登った大正元年の話題のなか
 《岩波は信州生まれの山男であり、しまいになるほどますます元気が出てきた。市河君は岩波より四つ五つ若いはずだが、案内頭の作十は、市河君に向かって、「先生、若い衆は先へ行かせてゆっくり参りやしょう」といった。しかもその若い衆とは岩波なのだから、いささか驚かざるを得ない・・・》とあるところ、市川三喜の吐息と苦笑の表情が感じられて、印象深いものになりました。
 すばらしい日本語訳の例についても紹介がありました。
 パーシー・シェリーの「雲雀」の原文と漱石『草枕』での訳です。そして、ロバート・ブローニング『ピッパが通る』のなかの「ピッパの歌」の原文と上田敏の訳です。
 ハーンの会員は英語教科の先生ばかりでプリント配布直後その訳のすばらしさに感動されたでしょう。全く英語を解しない私は、漱石が『草枕』の中で、この詩を散々茶化していたことだけを思い出していたのですが、じつのところはこの名訳に感激しなくてはいけなかったのかと・・・・。今さら英語を覚えようにも、朝御飯の内容も思い出せない状況ですが、たまに辞書を引きながら私なりの訳が楽しめるようにでもなればいいなと思った講義でした。

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