第177回 「広島ラフカディオ・ハーンの会」参加記録
2015/05/18(Mon)
 5月16日(土)、第177回「広島ラフカディオ・ハーンの会」へ参加いたしました。
このたびは、夫は欠席でひとりで参加いたしました。
 連休、いろいろな山に登って、夫はマダニ噛まれ病院で切り取る手術はしたもののそのあと体調がいまひとつぱっとしないようです。夫の分もしっかり録音することを約束して出かけました。
 参加してみると、今月は欠席者が多く、年度初めで忙しい人が多いとのことでした。
 いわれてみれば、私も、昨年難聴のため迷惑をかけっぱなしでの退職でほっとした矢先の臨時勤務の依頼、現場のシフトが回らない事情がわかっているだけに断りきれず一年だけと受けたものの、今年度は、昨年の倍以上の日数の依頼、おまけに新年度以来、家へ持ち帰っての布製のサッカーボール、野球ボール2個ずつの縫製、フェルトでの実物大のもみじ饅頭22個の縫製。退職前に勤務しているときでさえ家に持ち帰って仕事をすることはなかったような気がするが・・・・。やっと自由になれた幸福を満喫することにも追われて、退職後のこの忙しさは一体・・・。
 そんななか、風呂先生にいっぱいたくさんのことを学べる魅力に惹かれてハーンの会だけはなんとしてもと参加できたことの喜びは何にも変えがたい気がいたします。
 いつもどおり、10枚ものニュースをプリントしてくださっていてその説明を受けます。
 テーマはハーンの作品のいくつかを貫く”substitute”「身代わり」への思いです。先月の会で、この「身代わり」を描いた濱田廣介の『泣いた赤おに』の紹介を受け、私は4月いっぱい心優しい濱田廣介文学に浸っていました。
 そして、「十六桜」「乳母桜」と桜の木にちなんだ話に伴って先月から桜の木への関心も高まる中、小川和佑『桜の文学史』(文春新書)から、
 《ところで、ハーンの『怪談』のさくらも、一葉の『闇桜』のさくらにも、芭蕉、蕪村、一茶など江戸俳諧にない花の影がさしているのはなぜだろうか。散るさくらに生命の際を見る近代文学の桜観はいったい、いつなにから始まったのだろうか。》
 の部分より、昭和のさくら観は、梶井基次郎の『桜の木の下には』が元になっているとの説明がありました。
 風呂先生は小泉八雲を顕彰した方々への思いを大切にされています。このたびの『すみよし』への寄稿文にも、第一次八雲会のかたがたの、事業目的への努力を紹介されています。私も、定年退職後、縁あって、広島ラフカディオ・ハーンの会に参加させていただき、小泉八雲を顕彰してやまない風呂先生をとおして、英語が苦手で英語に全く無能であるにもかかわらず、ハーンの日本語訳の文学を通して、おおくを学び、学ぶことの尊さ、楽しさを享受させていただいています。先生の、小泉八雲を顕彰して、さまざまな資料を集め、大切に保管をして、八雲の思いを後々まで伝えようとの努力の恩恵を受けて、これらの学びをより深め、広げ、楽しむことの体験ができています。ハーンの会への出席の翌日は、さっそく、樋口一葉の『闇桜』と、梶井基次郎の『桜の樹の下には』を読みました。さらに小山内薫をネットで検索していて、彼が東京帝国大学文学部英文科に進学して、一学年留年したのは、小泉八雲の解任に対する留任運動に加わったためとあることを知り、おやおや、あなた方でしたかと思わず楽しんでいるのでした。
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