『将軍』
2015/06/12(Fri)
 芥川龍之介著 『将軍』を読みました。
 広島ラフカディオ・ハーンの会のニュースの中の資料に、中国新聞「緑地帯」の天満ふさこ著 「芥川多加志をめぐる旅」①~⑧の抜粋がありました。
 芥川多加志とは芥川龍之介の次男で、学徒動員兵として、ビルマで1945年4月13日、22歳の若さで戦死しました。才能・感性・容貌共に長男の比呂志、三男の也寸志をぬきんでていたとの評判だったといいます。その多加志が小説家になることを思い、生前、友だちと同人誌『星座』を手書きで作ったといいます。
 天満ふさこ氏は、その1冊ずつしかない『星座』を苦労して見つけ出し、それにまつわる作品として、2007年に、「『星座』になった人 芥川龍之介次男多加志の青春」という作品を新潮社から出版されたということです。それらのことをこの「緑地帯」に興味深く紹介されています。
 その中に、芥川龍之介の作品「侏儒の言葉 小児」からの一節 
「軍人は小児に近いものである」
「殺戮を何とも思わぬなどは一層小児と選ぶところはない」
また、「将軍」からN将軍言葉の一節
「よいか?決して途中に立ち止まって、射撃なぞするんじゃないぞ。五尺の体を砲丸だと思って、いきなりあれへ飛びこむのじゃ、頼んだぞ」
が、紹介されていました。若かりし頃、芥川の作品に触れたときには、このようなものを読んでいないか、過去のこととして、全く目に留まらなかったか、芥川の作品は読んでも、芥川にはふれていないような気がして、手っ取り早く書棚の、おなじみの昭和45年16版の集英社発行の『日本文学全集28芥川龍之介』のなかから「将軍」を読みました。
1 白襷隊、2 間諜。3 陣中の芝居 4 父と子と という構成で、日露戦争を全くの起承転結で描いています。1では、戦場での決死隊の様子。2では、捕らえた敵の間諜を殺す場面、3では、戦場での陣中の芝居がN将軍の趣味に翻弄される様子、4では、それから20年後、N将軍の部下だった父とその息子とのN将軍への感想です。
 日露戦争を描いた、書き出しの部分では、久しぶりに司馬遼太郎の『坂の上の雲』を彷彿とさせます。しかし、大正10年という出版時の時勢を感じます。××××と伏字がいっぱいです。『坂之上の雲』が、さらに年月を経て、その意味を踏まえた上で歴史の流れの中で鳥瞰図的に書き進められた文章に対して、この作品の、1、2、3、では、戦地への臨場感があります。そして、4では、将軍に象徴される戦争とは・・・、と思わせられます。
 『坂の上の雲』では、読みながら乃木希典に腹が立ちました。以後、たまたま長府と東京坂の乃木神社のそばを通ったときには、複雑な思いでした。軍師の素質について、外交の手腕について考えるようにもなります。しかし、「将軍」では、戦争そのものに祭り上げられる、非人道的な愚かさ、滑稽さ、これこそ陣中の芝居でやるべき喜劇と思わせる、著者芥川龍之介の意図が鮮明に描かれた作品でした。
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