『イタリアの詩人たち』㈢
2015/07/10(Fri)
 ディーノ・カンパーナ、
《ディーノ・カンパーナ、は、二十世紀のイタリアの詩人のなかでは、どちらかというと、特異な位置を占めている。その特異性は、彼が精神分裂病者であったことと本質的に結びついていると思われるのだが、その辺の事情を理解するためにも、まず、波瀾に満ちたこの詩人の生涯を辿ってみよう。》から書き進められます。
 ・1885年 小学校の教師の父親の元に、中部イタリアの山間の町、中世風のマッラーディに生まれます。
 ・1900年 高校一年、トリノに移る
 ・1903年 ボローニャの大学入学(分裂症の兆候が顕著。症状のおもなものは、強迫観念からひどい興奮状態におちいり、自 分を抑制できなくなる。その結果ひとつの場所に落ち着けず、ときおり訪れる平静の時期をのぞいては、放浪、喧嘩、逮捕、牢 獄、あるいは精神病院の収容の繰り返しとなる。
 ・1906年 フェレンツェ大学に転校、2ヶ月間精神病院に入院、退院後ながい放浪の旅にでる。
 ・1908年 南米からロシア・ベルギー(逮捕され、精神病院に収容)
 ・1912年 突如ボローニャに現れる。『オルフェウスの歌』出来上がる。
 ・1913年 町を歩いていた、ジョバンニ・パピーニ、アルデンゴ・ソフィチに「これを読んでくださいと、言ってノートを差し出し、その ままどこかに行ってしまった。
 ・1914年 詩集を返してくださいとソフィチに手紙を書くが、彼がなくしてしまったというので、詩を思い出して初版本を自費出版  する。
 ・1916年 シピラ・アレラーモに恋をするが実らず、精神状態は悪化する。
 ・1918年 フェレンツェ郊外のカステル・プルチ精神病院に収容され、
 ・1932年 急性敗血症で死亡するまでをそこで過ごす。

 『オルフェウスの歌』も、わたしには、容易に理解できるものではありませんでした。たとえば、タイトルの『オルフェウスの歌』のオルフェウスがわからないし、広辞苑からの情報で、どの部分が空想可能かと、何日かボーっと考えていたりします。
 《「外は、声のない歌、彷徨うものたちの蒼白な愛が、乱れ流れる夜である」という終章の最後の文が、この出口のない悲痛な世界における堂々めぐりの叫びとなって、ながい余韻を響かせている。》
このような詩との出会いでした。
 この詩人の紹介では、精神病院が、当時、患者にとって、非常に過ごしやすい状況であったと、家族への手紙などで知ることができます。精神病院でのゴッホの絵などのことも考え合わせると、こういった施設運営が伝統的に日本とずいぶん違うような気がいたします。私も、日々仕事のなかで、障害を持った子どもたちと数時間を過ごしますが、彼らがこのような感想をもてるような環境にないことについて考えさせられました。
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