『霧のむこうに住みたい』
2015/07/17(Fri)
2014年河出書房発刊の須賀敦子著『霧のむこうに住みたい』を読みました。
この書は、書評集や日記などをのぞいては、おそらく最後の作品集になるという1991年から、亡くなる前年1997年までのエッセイがまとめられています。
とても読みやすいエッセイ集なので、図書館から借りてきたときから、一休みするとき、手軽に読んで須賀敦子の世界に浸っていました。おなじ須賀敦子の本なのに、何度読み返しても理解できない『イタリアの詩人たち』に疲れてきたときにも、手にとって読みました。すると、偶然にも、難しくて理解できないときは何度も読み返し、読み返しているうちに分かってくると、書かれてあるところに出くわし、思い直してまた読み返し、あれ?どうしてわからなかったのだろうと思うほど、わかることもありました。
 このような読み方をしたせいで、今覚えているのは、最後ころの作品2・3と解説くらいです。それで、最後の作品で、あまりにも可笑しくて、ちぢこまるどころか、おもわず声を出し笑ってしまった部分と、江国香織氏と、松山巌氏ふたりの解説のうち、松山巌氏の解説を引用することにして本書の記録にします。
 「古いイタリアの料理書」の演説風の文章の引用の部分です。
 《「人はパンのみにて生くるものにあらず」とや、なるほどそのとおりだ。副食物もいる。さらに、これらをより経済的、より味さわやかに、より健康的に調理すべきであるのは、わが信条にして、わが主眼とするところ、まさに、これこそは真の芸術なのである」さようでございますか、おそれいりました、とちぢこまるしかない。》
《なによりも社会の底辺で生きるしかない人々の話(「悪魔のジョージ」「・・・)がイタリアに限らず綴られている。そして表題作である「霧のむこうに住みたい」も貧しい人たちの話だ。ペルージャ近く山奥、霧の深い峠でたまたま立ち飲みのカフェに入り、羊飼いたちに出会う。彼らは田畑もない荒れた土地に暮らし、その日は石造りの小屋のカフェで無言でワインを飲んでいる。それだけの話なのだが、須賀は次のことばを添え、読者をハッとさせる。「こまかい雨が吹きつける峠をあとにして、私たちはもういちど、バスにむかって山を駆け降りた。ふりかえると、霧の流れるむこうに石造りの小屋がぽつんと残されている。自分が死んだとき、こんな風景のなかにひとり立っているのかもしれない。ふと、そんな気がした。そこで待っていると、誰か迎えに来てくれる」
この一言はむろん、自分の死後を想像している。ところが、この言葉で私たちはもう一度、無言でワインを呑む羊飼いたちの姿を想像してしまうだろう。すると底辺に生きる彼らに一瞬の光が射し込んでくるようではないか。
私たちが須賀敦子の綴った言葉を読み、今を生きることに励まされるのは、このように自分が過ごした人生のなかで彼女は、貧しい人々の暮らしのなかにこそ、光の射す瞬間が起きることを見逃さず、ふっと吐息を洩らすように思い出し、静かに語りかけるからである。
それにしても、須賀は、なぜ死後の世界を想像したのだろう。・・・彼女は、無言の羊飼いたちの姿を思い出し、言葉を交わすことなく、互いが気持ちを理解できる人々のことを、偲んだのではないだろうか。
夫か、父か母か、友か、自分が死んだとき、霧のむこうへと連れていってくれる大切な人たちを偲んで・・・。》
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