『絶歌』
2015/07/19(Sun)
 太田出版より、2015年6月28日初版発行の『絶歌』を読みました。
 1997年3月16日2人の女の子がナイフとハンマーで襲われ、その一人は1週間後の3月23日に亡くなり、別の女の子は全治2週間の怪我を負いました。そして、2ヵ月後の5月24日小学生の男児が殺害されるという事件がありました。この作品は、世間を震撼させたこの神戸連続児童殺傷事件の犯人であった、元少年Aの手記です。
 この本は夫が買いもとめてきました。彼は若いころ少年院に慰問に行ったり、青少年の健全育成のための団体に所属していたこともありましたので、ぜひ読んでおきたいと思ったようです。読んだあと、私が読めばいいのではと、夫が私の机の上にしばらく置いておいてくれました。私は読みかけていた本もありましたし、過去、『少年にわが子を殺された親たち』など、被害者の立場にたった本は読んでいましたが。加害者となると、なんとなくおぞましい気がして、手にとる気がしなかったのですが、仕事が5日も休めるので、一昨日から手にとって読み始め、家事もそこそこに一挙に読み終えました。
いままで長年、子どもの健全育成を掲げた児童館で多くの子どもたちに接してきました。いつも、子どもたちの気持ちを推し量ることに気持ちをそそいできたのですが、気持ちが理解できなくて、子どもたちに申し訳ないと思うことも多々ありました。
そして今、臨時指導員として、複数いる障害を持つ子どもの支援に当たることが多く、しかも、役所が認めた支援要因数の臨時指導員が足りず、現場に不安を持っている矢先でもありましたので、この作品が、被害者の遺族の方々や、それを悼む多くの方々にとって、とても不愉快な、作品であろうことも承知の上で、私はやはり読んでよかったと思っています。
まず、この事件の内容については、ほかの事件同様、ほとんど詳しいことは知らないでいたことがわかりました。
 少年Aが事件を起こすにいたった、当時の心象風景への道のりを知り、いままで仕事で出会った子どものなかには、これにちかい、私が思ってもみなかった予想不可能な心象風景を描き、その異常性にみずから苦しんでいた子どももいたのではないかと思わされたのでした。そして、たとえその心象風景が見えたからといって、どのような対応ができたかと思うとき、自分の能力では何もできはしなかったということもわかりました。二つの殺人のあいだにも、学校の教職員が、戸惑う事件を起こしています。それまで仲のよかったダフネ君を顔じゅう傷だらけにし、前歯を折り、ナイフで刺そうとする事件です。教師に呼ばれ、注意を受ける時のこと。
 《「おい、聞いとんのか?ちょっとこっち向けや」視線を上げ、ぼんやりとウッディの顔を見た。自分からこっちを向けといっておきながら、目が合うとウッディは少しうろたえたように心持ち身体を後ろへ引いた、僕は彼らからすればたいそうやりにくい生徒だったのだろう。学園ドラマに出てくる不良のように感情をぶつけてくるわけでもなく、こちらの言葉に反応も示さず、なにを考えているのかわからない。接し甲斐のあるカワイイ不良たちとは違い、僕のことが不気味で仕方がないようだった。》そしてこのときも、ナイフを身につけていました。このとき、教師が、「へたしたら、警察沙汰やぞ?」という場面がありますが、もうその時点で警察に届けて、何か対応していれば、まえの3月の事件のこともあかるみになり、次の殺人事件は起こらなかったのかもしれない。もしそうだとしても、現今の指導現場では、この時点で警察に教育者が報告するということも普通にはなく、指導への苦悶が思いやられます。そして少年Aは異常な自分自身の行動に自分でおののき、さらに猟奇的気分に追い込まれていくのです。
 この手記が、このように問題を提起していることによって、精神異常者への対応をみなが考えるきっかけになればと思える部分がいくつかあるように思えました。
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コメント
- そういう本でしたか -
紹介文書いて下さって、ありがとうございました。読む気になりませんでしたが興味はありました。やはり、そこに至るまでの「経過」があったのですね、当然ですが。
2015/07/19 23:13  | URL | 志村建世 #O94VIzx6[ 編集]
-  -
 終わりに近くなって、視聴者参加型の討論会で、十代の子どもが「なぜ人を殺してはいけないのですか」という問いにコメンテーターは誰一人この問いに答えられませんでした。少年院を出て以来11年でやっと見つけたこの問についての彼の答えを述べるところがあります。
 彼がなぜこの本を書かなければいけなくなったのか、ぎりぎりの答えに読者もたどり着くことができます。
 「なぜ戦争をして欲しくないのか」子どものころ『人間の条件』を映画で見て、ただただ、人間が人間でいられるためだと、思ったことを思い起こしました。
2015/07/20 07:44  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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