『セロひきのゴーシュ』
2015/08/21(Fri)
 福音館書店発刊で、1966年初版で、1977年第24刷目ということで、人気があるようです。
 もちろん著者は宮沢賢治です。
 とはいうものの、この有名な作品を私は初めて読みました。
 大学で宮沢賢治の詩の講義をN先生から受けましたが、そのときは全く理解できませんでした。偶然そのころ、法人課で、夫の姉の近くから勤務しておられたかたと話す機会がありました。その方の話だと、N先生は極端に頭のいい先生で、学生もおなじように理解できるものと講義をされるから、結局みんな理解できないままなのだそうよ、とのことでした。それはさておき、理解できないショックで、宮沢賢治への敬遠は、今に至っていました。
 ですから、いただいた本の中にこの本があったということは、わずかでも理解ができるチャンスかもしれません。
 ゴーシュのいる金星音楽団は、あと十日に迫った町の公会堂での音楽会の練習に励んでいます。しかし、ゴーシュはメンバーの中でもぬきんでへたくそで、楽長から叱られ、いじめられていました。その日もひどく怒られ、壁に向かってボロボロ泣いていましたが、気を取り直して、練習し始めます。それから、家に帰っては夜、明け方近くなるまで繰り返し練習をします。くたびれきった夜中に猫がやってきます。怒っても帰らず、シューマンのトロイメライを弾いてくれといいます。ゴーシュは自分の耳に線をして、「インドのとらがり」をがんがん弾いて猫を怖がらせます。次の晩の猛練習でつかれきったころには、かっこうがやってきます。その次の晩は狸、次の日は野ねずみ、みんながそれぞれ勝手な注文をつけてセロを弾いてくれるようにせがみます。しかし、彼らのゴーシュの音の出し方などへの忠告にもうなずける部分もあり、調整に励みます。そして、野ねずみによって、自分の演奏で、森の生き物たちが癒されていることを知りさらに練習に励みます。
 ついに音楽会の夜がやってきて、金星音楽団は第六交響曲を演奏し、観衆の惜しみない拍手にくわえアンコールを要求されます。アンコールには楽長から、こともあろうにゴーシュが応えるよう指名され、楽長も楽団員たちもゴーシュの即興演奏にびっくりします。そしてみんなから誉められます。という話です。
 瀬田貞二の「あとがき」が、私たち読者に宮沢賢治の世界をよりわかりやすく解説してくれます。宮沢賢治の『セロひきのゴーシュ』は、宮沢賢治が最後まで推敲を加えた作品だとあります。なんだか、ゴーシュのセロひきへの血のにじむような精進と重なります。
 《主人公の不退転の精進が大自然の意思に感応するという少々難しいテーマがわからなくても、かなり小さな子にまで楽しまれ記憶されるところが多いのではないでしょうか》とテーマにもすんなりふれて、童話としての意義も述べています。
 くわえて、解説では大部分を、この童話に表紙とともに書中に描かれている10枚の絵を書いた茂田井武の人生を語っています。《『セロひきのゴーシュ』は、画家の死去する年に実った最も味わい深い収穫となりました。・・・30年を夢とへだてて、おなじ波長の、ことなる名器の合奏が成就したように、私たちには、今はない、二人の共感を、このまれな絵本という形で感ずることができるのです。》と。
 三者の精進にふれ、あっさり敬遠して避けていた自分が恥ずかしくなりました。


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コメント
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 遠い遠い昔に「セロひきのゴーシュ」を読みました。 福音館書店発行の絵本は娘二人を育てる間、沢山買いました。其の上日曜日などには読み聞かせ致しました。殆ど幼い子どもが好むような本でしたが、私たち大人が読んでも充分楽しめました。
 ところで今朝、私のところへのコメントをありがとうございました。
本日の記事に、あかね様から頂いた詞などを使わせて頂きました。お心に添えたかどうか・・・一人よがりな解釈に基づいてしまったらごめんなさいね。
2015/08/23 23:01  | URL | みどり #-[ 編集]
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私がみどりさんのブログを読ませていただいている間のコメントだったのですね。沿っていないどころか、まるで、私が感じ取った、講師の方の言わんとされるところを、そっくり感じてくださっていてびっくりしました。一緒に番組を見ておられたかのような錯覚を起こすほどです。そして「りかさん」の本の中にもこのように感じさせる部分があったのではないかと思いました。
 それにしも、みどりさんの感性には、驚きます。やはり詩や短歌を詠まれるほどの人だからかなと思ったりします。
 職場には仕事以外に童話の会に入って研究をされてる人や、読み聞かせのボランティアをされている方がおられますが、「セロ引きのゴーシュ」は解説を読まないとわからないといわれました。解説を読むと、起承転結で書かれているとありますが、まずは、テーマを行っておいて、だってこんなことがあったのです。といって物語がすすむと、私たちにもわかるというのが、私たち一般読者の理解ではないかと思うのです。これで、みすずの詩も深く味わうことができました。
2015/08/24 00:08  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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